番外編2(ラウリ視点)

「はぁ……どうしてこんなことに…」

「なぁラウリ、その鬱陶しいため息そろそろ止めてくれない? こっちまで気分が憂鬱になるんだけど?」

「あぁ。…はぁ……どうしてこんなことに……」

「お前、聞いてないな。」

「あぁ。…はぁ……どうしてこんなことに………」


 スズが馬車で倒れてから5日がたった。

 あの時抱き留めたスズの身体は酷い熱を持っていて、額には玉の汗が滲んでいた。

 医者の話では疲労による風邪だという事だったが、おそらくもっと前から症状はあったのではないかとの事。

 幸いスズの熱は2日程で下がり、今は食欲も戻っているようなのだが…部屋から一歩も出て来ないばかりか、侍女をも拒絶し部屋に誰も入れなくなってしまった。

 何とかミーリだけが、食事の配膳や医者の立ち合いなど理由を付けて部屋に入り、皆にスズの様子を伝えてくれてはいるのだが…これもいつ拒絶されるか分からない状況だ。

 

 先ほどから、エーリッキが仕事をしろだの鬱陶しいだの言って来るが、そんなのは今の私には二の次。

私は、私に離婚を突きつけて来たスズの事をただただ考えていた。


「でもさ、高熱出てるのにぶっ倒れるまで体調不良の兆しすら見せなかったんだろ?」

「あぁ。医者の見立てではな。本人とは会話も出来ていないからな…」

「…この話題はちゃんと聞くのかよ。ったく。じゃーさ、結局それまでだったんじゃないの? お前の存在なんて。」

「そんな事は…」


 ない。そう信じたい。


 …あぁ、どうしてこんなことになってしまったんだろうか…


 ***


 初めて婚約者にと紹介された令嬢は、流行に敏感な話好きの少女で、会うたびに興味のない宝石や菓子、ドレスの話を聞かされた。出来るだけ笑顔で対応はしていのだが、ある誕生日、贈った装飾品を見て泣き出すと、そのまま破断になった。

 その装飾品は、以前父親に買ってもらったものだったらしく「話したはずなのに、人の話を全く聞いてない!! そんな人もうやってらんない!!」

 が破断の理由だったそうだ。

 一応弁解しておくが、全く聞いていなかった訳ではない。彼女の話から、好きなブランドを覚え、店に出向いて店員に彼女のイメージを伝えて選んでもらったものを購入しただけで。

 ある意味中途半端に話を聞いていた為に起こった事故とも言えるだろう。


 その次の婚約者は、最初の婚約者とは真逆の大人しい性格で、私の話を聞きたがった。しかし、日々の殆どを鍛錬にかまけている私の話は、その日のトレーニングメニューや模擬戦の結果ばかり。さぞ退屈だったのだろう。

 重ねて彼女は自分の要望を話すことはなく、外出も贈り物もせがまれなかった為、必要最低限の顔合わせ日以外に会うことも無かった。

 その結果、気づいたら婚約は破棄されていた。


 全ての手続きは両親が勝手にやっていたから、私は結果を受け入れるだけ。そこに興味など微塵も無かった。

 そんな事よりも、迫る国のを危機を乗り越える為に強くなる事が最優先事項だった。

 だから、久しぶりに出た夜会で、「女と会うより素振りをしていたほうがマシだと思っている脳筋公爵」だなんて噂が自分にあると知っても、確かにな。としか思わなかった。


 その後すぐに状況が緊迫化し、恋愛に現を抜かしていた同僚達も全てを投げ売って戦いに注力しなければならなくなり、婚約だの結婚だのと言っている暇はなくなった。


 そして、国の状況が刻一刻と悪化していく中、聖女召喚の儀式を行う事が決まった。


 国を守るために幼き頃から鍛錬を続けていたのに、国の未来を素性も分からぬ異人委ねるなど、私は反対だった。しかし情けない事に、それ以外の戦略はもう無かったのだ。

 だからせめて聖女という存在を一目見ようと儀式に立ち会った。

 どんな強者が、どんな英雄がやってくるのか、仕えるに価する存在なのか、もし国の害悪になるのなら…


 そんな期待と不安を抱える中、現れたのはただの少女だった。

 それも、ガリガリに痩せ、薄汚れた継ぎ接ぎだらけの妙な服を着た。


 戸惑いながらも儀式は続く。

 

 リュリュが彼女の魔力を鑑定し、確かに彼女が聖女である事を告げ、聖女召喚の指揮していたエーリッキがリュリュと共に彼女に説明を始めた。


「どうか、この国を救ってくれないか?」

「分かりました。」


 全く分かっていない顔で、彼女は短くそう返事をする。その顔には恐れも不安も不満もなく、むしろ何処か安堵しているようにも見えた。


(なんて、綺麗な…)


 ただ静かに全てを受け入れている姿は今もハッキリ脳裏に焼きついている。

 その頼りなく儚いスズの姿に、私は初めて「美しい」という感想を女性に抱いた。



数日後。


「聞いてくれよラウリ。聖女と結婚するためにメルヴィと別れろって、横暴だと思わないか?」


 エーリッキが小言のように言ってくる。

 確かに聖女は王家の人間と結婚することになってはいるが、エーリッキには結婚間近の婚約者がいる。二人の評判は上々、破局になれば、貴族バランスも壊れるし国にとってマイナスでしかないだろう。

 だからと言って聖女を陛下の側妃にも出来ないし、エーリッキがそれを飲む以外に、決まりを守る手段はないだろう。

 因みに、エーリッキには兄が居るが、これがまぁ王の素質がまるでなく、他国へ留学した後、そのままそちらで結婚してしまっている。」


「それは災難だな。だが、仕方がないだろう。聖女は王族籍に入ると決められているんだ。代われるなら代わってやりたいが、私にそれを言ったところでどうにもならん。」

「え…代わってくれるの?」

「変われるものならな。王族ではないのだ。諦めろ。」

「いや、ちょろっと血は通ってるじゃん? ちなみに聞くけど、ラウリ、聖女をどう思う?」

「あのような美しい娘が、戦場に出なければならない状況にしてしまった事、騎士として情けない。せめて心労が最低限ですむよう支え、守ろうと思う。」

「待って、今、ラウリが女性を美しいって言った?」

「何か問題が?」

「いや、うん…。分かった。じゃ、陛下に言っとく。お前の父親騎士団長にも。」

「何をだ?」

「ラウリに春が来たって。」

「はあ??」


 今思えば、この時とっくに、私はスズに想いを寄せていたのだろう。

 それに気づいたのはエーリッキだけだったけれど。

 自分の自覚がないままに、会話をした翌週、王命でスズとの婚約が決まった。




 スズは物静かで従順で、言葉を知らないのかと疑うくらい「分かりました」しか言わなかったし、私もコミュニケーションをどう取ればよいかわからず初めはギクシャクしていたけれど、エーリッキやメルヴィ嬢の助言を聞きながら歩み寄るうちに、少しずつ話が出来るようになった。


「疲れているだろう? 良かったらこれを。」


 聖女の仕事で遠出をしていた帰り、持っていた飴をスズに渡してみた。

 町なかで飴売りが、抱えた在庫を安売りしているのが目に留まり購入した物。

「残り物には幸運が宿ります。旦那様に幸運がありますように。」と言われたが、幸運が訪れるなら、スズにこそ訪れてほしくて、スズに渡したのだ。


「幸運の飴だそうだ。」

「そうなんですね。確かに甘いものを食べると幸せになります。ありがとうございます、ラウリ様。」


 その時、いつも無表情のスズの顔が少しだけ綻んだ。


(か、かわいい…)


 それから少しずつ、感情を表情に乗せるようになったスズ。

 スズの表情の少しの変化を、読み取れるのは自分だけにしておきたい。そんな独占欲に、ついに私は自身の中にある想いを自覚して、彼女にプロポーズした。


 相変わらず「分かりました。」と短く答えたスズにとっては、この結婚は義務でしかないのかもしれない。

 それでも、スズの一番すぐそばで、スズを支える存在でありたかった。

 

 そして国から脅威が去り、戦三昧だった私達にも休息が訪れた。

 戦に出向く中で、少しずつ芽生えていた絆を確かに感じていた。だから、その芽をこれから二人で育てて行こうと思っていた。


 なのに…スズは離婚を考えていたとは………。


「スズ……どうして………」

「ま、やっちゃったのは確かだよね。病気でしんどい所に大の男に詰め寄られて、さぞ怖かっただろうね。」

「そうかもしれないが、普通に取り乱すだろう? 離婚を考えていたんだぞ!?」

「まぁ、ほぼ強制の結婚だったし、考えても不思議はないんじゃない? 確かにラウリは聖女と結婚したんだから、聖女が帰還したらそりゃ、独り身に戻るわけだよ。間違いない。ちゃんと筋が通ってる。」

「…つまり、私はスズには選ばれなかったのか…何が足りない? やはり腹筋は12に割らなければ駄目だったのか?」

「何の話? っていうか、そういうとこじゃない?」

「やはりか。修行の旅に出てくる。スズのためなら前人未到、48まで割ってやる。そうしたら、スズは部屋から出て来てくれるだろうか。」

「いや、気持ち悪いから止めときなよ。ってか、その間に彼女、どっか逃げると思う。じゃなくてさー。多分この感じだと、スズちゃんにお前の気持ち、全く伝わってないぞ。」

「そんなハズは無い。屋敷の者にも、バレバレだと言われたくらいだ。」

「じゃ、相当嫌われてるんだね。」

「それも違うスズはいつもニコやかだし、私を気にかけてくれるし。些細なことにも気づいてくれる。」

「お前は乙女かっ。」

「先日は肩を引き寄せても嫌がるそぶりも無く、むしろ私の肩にもたれかかってくれたんだ。」 

「………それ、具合悪かったんじゃないの?」

「!!!!」


 青天の霹靂。

 あの時はただ、私の思いにスズが答えてくれたと思い、嬉しい気持ちでいっぱいで、ニヤケそうな顔をポーカフェースに保つので精一杯だった。

 まさか、あの時から体調がずっと悪かったのか?

 そんな大きなSOSに気づかず、一人舞い上がっていたんだとしたら…


「嫌われて当然かもしれんな…………」

「まぁ、とにかく話してみないと分からないだろ。お前の気持ちをちゃんと言葉で伝えてみるしかない。多分、選ぶ選ばないの前に、お前っていう選択肢がスズちゃんの中に発生してない。これは間違いない。」

「だが、肝心のスズが出て来てくれん。」

「立てこもりには、第三者の協力が必要だ。リュリュに聖女を訪ねるよう言っておいたから、そのうちお前に話が行くだろう。素直に任せて見ろよ。」

「あぁ…。何から何まですまんなエーリッキ。」

「いや、お前が鬱陶しすぎて仕事にならないんだよ。さっさと片付けて、俺の警護に集中してくれ。」


 じゃ、この話とため息は終わりな。

 と、エーリッキは手を払い書類仕事に戻る。

 私も部屋の隅での護衛に戻る。


 その後は静かな部屋に、カリカリとエーリッキがペンを走らせる音だけが鳴り響いた。

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