船に乗ること
人魚に好かれそうな性格をしている。そんなことを言われたのは初めてだった。
いくつめかの港に着いたので久しぶりに船を降りて酒を飲んでいた。同じ船に乗っている男がそう言ったのでおれは眉をしかめる。よくわからんと言えばまあ褒め言葉じゃないかなとほろ酔いで返される。
こう、素朴で嘘を付くのが苦手で馬鹿みたいに誠実で情に厚くて生きるのが下手、長生きできなさそう。どのあたりが誉め言葉なのか。
男の故郷はどこぞの海辺でそういう慣用句があるらしい。憮然としていれば内陸の山里出身の男は爺ちゃんが似たようなこと言ってたと乗っかる。鳥人に好かれそうな性格だと。
おれは人魚釣りとして船に乗っている。人魚はひとを食うが人魚釣りは人魚を食う。好かれるのはおかしいだろう。
おれはこの船でも人魚を釣ったし食べた。人魚たちが集団で船に狩りを仕掛けてきたのだ。食うぞと人魚たちに宣告してから一匹を釣ってバラした。残りの人魚たちは人魚釣りを知らなかったのかもしれない。どうしても食えない骨や鱗を海に返していたらいなくなった。
内陸出身のやつらはひどくうろたえた。海辺出身のやつらは物珍しそうにしていたが人魚が去ったことに安心していた。それ以来、人魚が見えると昼夜問わず叩き起こされる。幸い釣った人魚はまだ一匹だけだった。
人魚がでないときはあちこち雑用を手伝っている。船に乗る人数は限られているし初航海だからか色々と問題が起きる。甲板の掃除やら料理の下準備やら修理の手伝いやら喧嘩の仲裁やらなんでもやった。外の国の勉強会とやらにもでた。人魚釣りとは名目だけで実際には雑用係である。どこへでも顔を出すからよく声はかけられるようになった。
船にはいつか会った三人の男が乗っていた。そのうち一人、人魚に魅入られかけた男に人魚のことを教えている。周りからは弟子だとからかわれるが、人魚のことを知っているやつは多いほどいい。おれが人魚に殺されたとき困らないようにしておきたい。
そうやって人付き合いが得意ではないおれもほどほど船に馴染んでいる。ときどき毎日好きなときに釣りをする生活が恋しくなるが、選んだのはおれだ。不満はあっても大騒ぎするほどではない。
船は各地に作られた港に寄って北を目指す。
北の海には知らない魚がいた。ニシンはニシンの王とは似ていなかったが美味かった。いるかやふかの他にシャチという白黒のやつや生きたくじらもみた。あれを狩るのだから人魚というのはやはり恐ろしい。
海の色が代わり、甲板の風も変わる。
北の方では寒くなると氷が流れてきて船が出せなくなるという。知らないことばかりである。外の国の港に着いたとき知ったことだ。
おれの赤い目を見た現地の偉いやつは耳慣れない言葉で大変歓迎した。通訳が事情を聞いたところ、この辺りでは歌う人魚に潰された村があるという。歌を聞いたものはみな自分から死に向かうと伝承にある恐ろしい人魚である。
釣って欲しいと乞われて覚悟を決める。外の国でも人魚を釣ることになるとは思わなかった。
案内人はまだ学校にも通ってなさそうな子供だった。片親が人魚だと言われて驚いた。
通訳を通して現地の人魚事情を聞く。この辺りには氷雪人魚がよくでるから人魚が混じった人間は少なくないと聞かされて混乱する。氷雪人魚は人間に溶けることで人間に混じるらしい。曽祖父が氷雪人魚に出会った話と、鳥人がおれの妹を見て人魚のような顔と言った訳が繋がった。
案内の子供はそういった氷雪人魚混じりではない。人間の母親が人魚にたぶらかされて生んだ子供だという。偉いやつの話しぶりが忌々しそうなことが気にかかった。
獣肉に猛毒であるキョウチクトウの人魚の花を仕込んで釣りに出る。子供は終始楽しそうにしていた。道すがら、つたなくも会話をする。誰かと出かけるのは久しぶり、嬉しい。そんなことを聞いた。
人魚はあっけなく釣れた。なまじ強いからこそ人間など恐れることもないと油断していたのだろう。獣肉を飲み込んで歌おうとした矢先に毒でのたうって死んだ。
人魚を背負って案内の子供と帰る。帰りたくないなあ、子供が呟くものだからつい声が出た。おれと行くか、不思議そうな顔をした子供はそれでも頷いた。
人魚の死骸を見せ、通訳を通して猛毒が回っているから気をつけろと警告した。偉いやつは大層喜んで船に便宜を図ってくれた。おれは船長に話を通してから、偉いやつに案内の子供を引き取りたいと告げた。偉いやつは更に喜んで子供の分の水と食料をくれた。身寄りがないから引き取ったけど恐ろしいし持て余していたそうだ、通訳は教えてくれた。
外の国の港から出れば帰り路となる。
子供は子供なりによく働き船に馴染んだ。あっというまに言葉を覚えて生意気も言うようになった。おれの人魚に関する知識は弟子と呼ばれている男に伝えた。
船を降りる準備はできてきている。もうすぐ帰る故郷の海が恋しい。海を毎日見ているのに不思議なものである。
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