人魚のミイラを鑑定しに行くこと
人魚のミイラを鑑定してほしいと依頼された。
話を持ってきたのは学のある友人だ。そこそこ遠い寺から相談を受けておれを紹介したという。坊主が苦手だと知っているくせに、思わず憮然とした表情になる。
「なに、見て分からなかったら分からないと言えばいい」
ミイラの専門家ではないのだからね。見当違いの答えはわざとだろう。友人にも友人の付き合いがある。
おれの家は親父の代で人魚釣りを廃業したのだから断ってもよかった。友人の顔を立ててついでに貸しを作ってやろうと仕方なく赤い目を隠す色眼鏡をかけて朝から乗合を待つ。相変わらず陸の移動は慣れない。
ようこそいらっしゃいましたと小僧が寺に迎え入れた。しずしずと頭を下げられて居心地が悪い。小僧に着いて本堂に入れば依頼主と思わしき坊主の他にしっかりした体格の女がひとりあぐらを組んでいた。
人魚釣りの方がいらっしゃいました、小僧が声を上げれば二人がこちらを向く。坊主は軽く頭を下げ、女は射抜くように見上げてくる。女の目は赤く、視線の強さに身じろぎしそうになった。赤い目は異形喰らいの証である。他の異形喰らいと会うのは実に珍しい。
茶が運ばれてくる間に軽く自己紹介を済ませる。うちは人魚釣りを廃業したしミイラは見たことないと伝えたところ、存じておりますと坊主は頷く。どうにも物腰が柔らかくてやりにくい。
「あたしは鳥人打ちさ。獣人も多少はかじるから呼ばれた」
鳥人打ちは豪快に笑う。口振りからすると現役なのだろう。異形狩りが陸のやつらに批判されるようになったこの時代に肝の座ったことだ。
小僧の運んできた茶を飲みながら経緯を聞く。
この寺には人魚のミイラがあるのだと言う。先々代の坊主が収集家で、いわくつきの品々を特に好んだそうだ。人魚のミイラはとある村に祀られていたという触れ込みで買ったらしい。
「海のやつは人魚など祀らない」
でしょうね、と坊主は頷く。いまほど陸と海の行き来が多くなかったから騙されだのだろうと。ただそうするとこのミイラはいったいなんなのか、妙に気になってしまったのだという。
「御託はほどほどにして、見せておくれよ」
鳥人打ちは面白そうに促す。坊主も頷いて箱を一つ持ってきた。
しっかりした木製の箱が開けられる。中にはご丁寧に布が貼ってあり、真ん中に干からびたミイラが横たわっていた。干した魚によく似ている。
上半身は人間の形、下半身は魚の形。一応人魚の形はしていた。一目で違和感に気がつく。偽物である。上半身と下半身の繋目がおかしい。人魚というのは上下が谷のような繋目をしているのが普通だが、このミイラは真っ直ぐに繋がっている。
「猿人だね」
鳥人打ちは笑った。腕をご覧、人よりも長いだろう。指の位置も違うんじゃないかな。あんまりさっぱりと指摘するのでおれも続けて違和感を伝える。坊主は苦笑いをした。この結末を予想していたのだろう。
遠方からいらしたのですからゆっくりしていってくださいと昼飯を馳走になる。
「猿人と魚を繋げるなんて」
ずいぶんと面白かったのか鳥人打ちはずっと機嫌がいい。その割にはこちらに話しかけてくるわけでもなく呑気に過ごせた。
「なんにせよ、人間を繋いだわけじゃなくてよかったよ」
驚いて鳥人打ちを見る。どうもそういった最悪も想定していたらしい。坊主も心得たように頷いて、これでしたら今すぐ急いで処分しなくてもいいでしょうと安心したような声を出す。おれはなにも言えずに飯を食う。
食器が下げられて、さて乗合の時間までどうするかと考えていると鳥人打ちがこちらを向いた。
「人魚釣り、あんた鳥人に会ったかい?」
二度会ったと伝える。市で喋る鳥人に話しかけられ、内陸の公園でカラスのような鳥人を見た。鳥人打ちは渋い顔をする。話しかけられてよく無事だったねと言われてキョウチクトウの人魚の顔が浮かんだ。
「小さな羽を渡された。カラスの鳥人にやった」
経緯を話すと鳥人打ちは唸った。どうにも市で話しかけてきた鳥人は老獪なやつらしく、ずっと追っているそうだ。まずかっただろうかと尋ねれば、逆に良かったよと渋い顔で言われた。鳥人秘蔵の羽なんぞ人間がずっと持っていたらまずい、と。
またなにかあったら教えてくれと言う鳥人打ちと連絡先を交換して帰る。半日も離れてないのに海が恋しい。
キョウチクトウの人魚が見たい。ふいに浮かんだ欲求を慌てて追い出す。魂を抜かれてるじゃないか。市で話しかけてきた鳥人の声がした気がした。
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