人魚の本を見せられること

 人魚の本が手に入ったからこいと学のある友人から連絡があった。

 小魚の甘露煮を片手に訪れる。友人の機嫌は良いらしく酒を勧められた。行商から掘り出し物だと売りつけられたのは南方の人魚釣りの手記らしい。そこまで興味はないものの友人の話を聞いて相槌を打つ。

 取り出された手記には癖のある文字と人魚の絵が並んでいた。うちにある人魚絵図のようなものだろう。めくればいくつか見知った人魚もいる。さして珍しくもない特徴の横には短くいくつも書付がある。代を重ねてきたのだろう、筆跡が違っていた。

 気になる人魚がいる、友人はそういって手記の後ろの方を開く。

 そこには鱗のないつるりとした人魚が載っていた。ヒレはどれも厚く、背ビレがない。尾ビレは台形をしていてヒレ特有の筋も描かれていない。全体的に丸みを帯びた単純な形をしている。

「こんな人魚、いるのかい」

 面白そうに聞かれて考え込む。うちの人魚絵図では見たことがない。酒坏を傾けながら文字を追う。やはらか、ひとなつこい、海藻を食む、皮膚ぶよりとす。文字はみな同じやつが書いたようだった。

「ふか、いるか、えい。あのへんだろう」

 大概の人魚は海の生き物と似ている。皮膚がぶよりとした生き物を並べてから改めて人魚の絵をみる。えいよりはふか、いるかに近い。

 なんだ知っているのかと友人は少しつまらなそうにした。

「知ってはいない。似ているだけだ」

 訂正して、改めて人魚の絵を眺める。珍しく顔まで描き込んであるところをみると愛着でも湧いたのだろうか。味を記録してないところをみると解体していなさそうだ。浜に打ち上がったかなにかで面倒をみたのかもしれない。人魚釣りの風上にも置けないやつである。

 つまらなくなって頁をめくる。人魚、人魚、人魚の中に見知った花を見つけて指が止まった。

 キョウチクトウの花である。

 5つに分かれた丸い花弁、細長い葉。思わず人魚絵の顔を見る。顔はのっぺらぼうで目も鼻も口もない。残念なようなほっとしたような心地で腰ビレの花を眺める。白黒の絵の向こうに鮮やかな色が見えてしまった。

「君はいつか竜宮に行ってしまいそうだね」

 友人の声に弾かれて顔を上げる。初めて聞いたはずの竜宮という言葉はいやに耳に馴染んだ。分からないままにしておくのは気持ちが悪い。説明を求める。

「陸のおとぎ話だよ。使いの亀に乗って川を下り海の底へ行くという」

 海の底には雅な宮殿と美しい乙女がいるというなんとも掴みどころのない話だった。連れて行かれたやつがどうなったのかは語られていないそうだ。

「海なぞ潜ったら人魚に食われる」

 指摘すれば学のある友も頷いた。だからおとぎ話なんだと締められた話が帰ってからも耳に残っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る