人魚釣りのはなし

ささひら

キョウチクトウの人魚を釣ること

 キョウチクトウの人魚が釣れた。

 人魚というのは水に住んでいる上半身が人間で下半身が魚をしたいきものだ。総じて獰猛で狡猾である。キョウチクトウの人魚ももちろん例外ではない。目を合わせないように観察する。

 腰ビレは濃い緑の葉の形をして先端に桃色の花をいくつもつけている。背ビレも葉の形、尾ビレは薄緑の台形だ。上半身は女の形をしているがまじまじと見たくない。人魚に狂うなどごめんだ。

 キョウチクトウの人魚は植物人魚の中でも釣れやすい。しかし身に毒がある。カサゴと背ビレが似ているから棘があるかもしれないが茂った葉のせいで分からない。人魚釣りの間でも外道である。

 そもそもおれは人魚など釣るつもりもはなかった。おれのうちは人魚釣りを親父の代で廃業にしている。おれは魚専門の釣り人だ。

 上半身だけとはいえ人の形をしたものに釣り針が刺さってるのは全く気持ちよくない。仕方なくキョウチクトウの人魚の口に引っかかった釣り針を及び腰で外そうとした。キョウチクトウの人魚も察したのだろう、暴れる様子はない。

 釣り針が外れるとキョウチクトウの人魚は大きく伸びをしてみせた。

 毒のことを考えるとこの釣り針は消毒するまで使わないほうがいいだろう。念には念を入れて捨てたほうがいいかもしれない。

 尻尾を返して海に潜ろうとするキョウチクトウの人魚に腹がたった。

「まてよ、エサ代くらいおいてけ」

 おや、と振り向いたキョウチクトウの人魚は首を傾げる。人間みたいな仕草をしやがって、心中で悪態をつく。

「釣りの邪魔したんだ、そんくらいいいだろう」

 キョウチクトウの人魚の耳ビレが、耳ビレの先の桃色の花が揺れる。人魚になに言っても無駄だと内陸の学者は語る。海の奴らは知っている、人魚のやつはずる賢くて人間の言葉くらい分かってやがる。

 キョウチクトウの人魚は腰ビレに手をかけた。毒針でも取り出すかと身構えたが、どうも違うらしい。腰ビレの枝の先、濃い緑の葉よりも先端に咲く小ぶりな桃色の花に手をかける。

 そのままぷち、と花を爪でちぎって投げてよこした。

 エサ代くらいと言った手前受け取らなくては格好もつかない。慌てて受け取ってキョウチクトウの人魚を見る。ふっと笑ってキョウチクトウの人魚は海に落ちていった。

 磯に波が寄せる、風がそよいで海鳥がなく。

 キョウチクトウの人魚の姿がよくよく思い出せなくなるまで呆然としていた。

 手にした花が毒だと思い出したので仕方なく釣りをやめて帰ることにする。キョウチクトウの人魚の毒については分からないことが多い。釣り上げた他の魚まで食べられなくなるのは困る。

 家に帰って数少ないガラスの器に水を張った。塩を入れてキョウチクトウの人魚の花を落とす。濃い桃色の花がゆらゆらと揺れた。

 後日、学のある友人に話をしたところ花を捨てられない内はその釣り場へは行かないよう忠告された。枯れたら捨てると反論したところ鼻で笑われる。魅入られてるよ君、正論は耳に痛い。人魚の花はいまだ枯れない。

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