Error:02  print(”Hello World)

「ライさん、ライさん~。大丈夫ですか~……」

「う、ううっ……」


 ライは土の上に倒れていた。女神さんの手を借りて起き上がり、辺りを見回してみる。

 周辺は1本の木を除いて、草もほとんど生えていない真平らな平地。遠くには森や山が見え、水の流れる音も聞こえる。

 少なくとも、ライが死ぬ直前までいた日本の街中ではなさそうだった。というか、つい先ほど地球の外から宇宙の外まですっ飛んでいった記憶がある。


「女神さん……ここどこ……」

「……それが、わたくしにも分からないのです。まさかとは思うのですが~……」

「あっ、女神さん、あの木の上……人が!」


 平地の中に唯一立っていた、背は低めだが横に広く太く幹が広がる1本の木。その幹に、1人の人間と大きな木箱が引っかかっていた。女の子だろうか、ダークブラウンの髪を短めのツインテールに纏め、質素な見た目の薄茶色の服を着ている。年齢はライと同程度――16歳から18歳くらいに見える。

 その少女が今にも木から落ちそうになっていた。意識を失っている様子で、木に捕まろうとする気配がない。ライは咄嗟に駆け寄り、落ちてくる少女を受け止め……そのまま一緒に倒れた。ライは中学・高校共に文化部所属で体を鍛えていなかったことを少しだけ悔いた。もう少し格好良くキメたかった。

 落下の衝撃で目を覚ましたのか、少女は立ち上がるとライと女神を見て何かを話し始めた。だがしかし、何を言っているのかライにはさっぱりわからない。日本語でも英語でもない、ライの聞いたことのない言語のようだった。


「め、女神さん……何語か分かりますか……」

「少々お待ちください……。ライさん~、失礼いたします~」


 少女のことを注意深く見つめていた――相変わらず見えているのか見えていないのか分からない程の糸目だが――女神さんは、そう言うと突如ライの両耳を手で塞いだ。そして次は両目を塞ぐ。


「はい~どうぞ~。失礼いたしました~」

「え、急になにやってんのあんたら」

「うわっ聞こえる!?」


 なんと少女の言葉が日本語に変わった。女神さんがライに何かをして、一瞬にして少女の言葉が分かるようになったのだ。何をされたかは全く分からないが、とにかくライはただ単純に「女神さんすげぇ……」と思った。


「……話戻すけど、あんたら、何なの……空から落ちてきてた……よね?」

「空から……はい、確かにわたくしたちは~ここへ、このへと、落ちてしまったのでしょう」

「世界?」

「世界って……女神さん、まさか俺たち」

「はい、どうやらわたくしたちは~異世界へと迷い込んでしまったようなのです~」

「へ、えへえっ!? 異世界!」

「待って、想像の斜め上すぎる回答」


 目を点にしてお手上げジェスチャーをする少女。ライはなぜか微妙に嬉しそうだった。兼留かねるライ、趣味はアニメ鑑賞とゲームであった。


「てことはこの人が第1異世界人じゃん! 第1異世界人発見じゃん! 始めまして、俺、兼留ライっていいます!」

「え、あぁ、そう……」

「落ち着いてくださいライさん~。相手を置いてきぼりにしてはいけません~。……こほん。理解が及ばぬ話かと思いますが、無理もございません~。とにかくわたくしたちは~遥かに遠い所から事故によりここへ来てしまったのです~」

「うん、まぁ只者じゃなさそうってのは分かるよ……。あんな現れ方するし、あんたらの見た目珍しいってレベルじゃないし」

「見た目か。女神さんは確かに俺が見ても『絶対凄そう!』 って感じするけど、俺の姿もこの世界じゃ結構珍しい感じ?」

「恰好がね。……っていうかさっきから隣の、その……お方? を『女神さん』って呼んでるけど、それはどういう……」

「そう。女神さんは女神なんだ」

「その~……、わたくし、僭越ながら人より神と呼んで頂いておりまして~……」

「で、そっちのカネル・ライ、だっけ? は女神サマの眷属か何か?」

「その通り実は俺は女神さんの第1けんぞ」

「ライさんは普通の人間でございます」

「ほーん。……ごめんもう1回気絶していい?」


 木の幹に体をくっ付け頭を抱える少女。平穏に暮らしていたら突然よくわからん男女が空から落ちてきてしかも異世界から来たと言っていてしかも片方は女神もう片方は変な奴。脳が理解を拒んで当然である。

 その間、一瞬女神さんがライを真顔で見つめた。変わらず糸目だが。その真顔でライは察した。


「ごめんなさい本当ふざけすぎました」


 しばらくのち、少女はどこか覚悟を決めたような表情で1人と1柱に向き直った。


「まだよく分かんないけど……わかった、とりあえず話を続けよ」

「ありがとうございます〜。わたくしたちは予期せぬ事故によりこの地へ来てしまった身、元いた場所へ帰るべきなのは承知しております〜。ですが現在地が分からねば〜帰る術も分かりません〜。ですので〜どうかこの世界について教えていただけませぬでしょうか〜」

「この世界についてねー。それはいいけど、どのレベルから話せばいいの? 人間はいるんだよね……太陽は知ってる? 雲は? 山は?」

「日も空も大地も、見たところはわたくしたちの世界で指し示されるものと大きく変わらないようです~。そうですね~、それではこの場所が何という国のどんな名前の地であるか~お教えくださいませ~」

「あいよ。とは言ってもあたしも今どこにいるかよく分かんないんだよね。ちょっと周り確認させて………………………………ん? んんんんん??」


 周りをぐるりと見回していた少女は、何かを感じたのか辺りを小走りでウロウロし始める。水の音のする場所へ行き川の形を確認し、遠くに見える山々の形を指でなぞる。そして彼女は見つけてしまう。川から大きく離れたところ、あってはいけない場所に突き刺さる、見慣れた形の水車を。自身が引っかかっていた木に触り、1つの確信を得た少女は、焦燥しきった顔で口を開く。


「嘘でしょ、そんなバカな……いやそんな……」

「ど、どうしたんだ? ここなんかヤバい場所だったとか……?」

「ヤバいっちゃヤバい………………ここ、あたしの村……村があったんだけど……村がなくなってる……」

「村があった!? ここに!?」

「思い出した……あんたらが空から落ちてきたときだ。あたしも吹っ飛ばされてたしよく分かんなかったけど、周りがみんな光と風に包まれて……!」

「つまり俺たちの墜落で村が吹っ飛んだ……ってこと!? 嘘でしょ!? 質量的には人間2人程度のはずなのにそんな衝撃が!?」

「なんということ……信じがたきことですが~、確かにそれが起こってしまったのですか……」

「あたしも信じられない……これ夢? あんたらはあたしの幻覚?」


 混乱する少女。そこへ女神さんが、真剣な面持ちで彼女の真正面に立った。なおも糸目だが。そして女神さんは、少女へ頭を下げた。


「意図せぬ事故とはいえ~、そのような大事が起きてしまったのはわたくしたちの責任です。謹んでお詫び申し上げます」

「ち、ちょっと待ってよ。わけ分かんない超常現象に対していきなり謝られても……」


 その姿を見て、ライも女神さんの隣で頭を下げた。自分が死んだときもそうだったが、女神さんは神様なのに、自分の非を真摯に謝る誠実な神様なのだ。良くも悪くも素直な男ライは、女神さんの態度に感化され、それで自分も頭を下げたのだった。


「俺からも……ごめんなさい。大迷惑かけちゃってたなんて」

「この世界でこの現象に対し~わたくしたちに何ができるか分かりません~。ですが~少しでも償いをさせてください~」


 1人と1柱の真剣な謝罪を前にして、少女は深呼吸を数回。十数回。

 流石に時間がかかった。

 それでもしっかりと心を整え、少女は言葉を返した。


「……分かった。異世界の女神サマだって言うんなら、この村――ディーン村を元通りにしてよ。そのために必要なことがあるなら……あたしも手伝うからさ」

「~! ありがとうございます……」

「そういえば、まだ名前聞いてないよな」

「ああ、世界のことより先にそれ言えば良かったよね。じゃあ改めて――


――――あたしは、繧�繝エ�。繝サ�槭ャ��繝��医ャ繧キ繝�」


「ごめん今なんて?」

「いやだから繧�繝エ�。繝サ�槭ャ��繝��医ャ繧キ繝�……繧�繝エ�。繝……え何これ名前が上手く喋れない……」


 その後何度も自分の名前を言おうとする少女。しかし一文字も喋れない。ライの耳には、劣化した録音音声を早回しにしているような、奇怪な音に聞こえた。

 切羽詰まった少女は、突如右手を振りながら「〈ステータス・オープン〉っっ!!」と叫び出した。ライはまさか、と思った。そのまさかだった。少女の頭のすぐ横あたりに、ホログラムのような半透明で青白い四角の光が浮かび上がったのだ。四角の中には白色で何行かの文字が書かれていた。


「ほら見て、これがあたしの名前――」


 少女が指さした場所には、こう書かれていた。


名前:����������????????���????????

性別:―くくくく―ノ――――――

年齢:ほー!!!!

職業:■驫■驫鸞■

居住地:  国  デ   村


「うおあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! あたしの個人情報がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 大自然の中、整地されたかの如き真平らな村跡地に、少女の絶叫がこだました。

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