女神さまと行く!バグだらけ異世界転生譚
海鳥 島猫
第1章:指定された世界が一致しません
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高校生、
「……は??」
困惑するのも当然だ。彼は普通に下校していただけなのだから。だが死んでいるのだ。
雷鳴が聞こえたとか、遠くで星の輝きが見えたとか、そんな予兆は一切なく気づいたら辺り一面真っ白の空間にいた。テレポートしたと言われたほうがまだ納得できる。それでも死んだのだ。何と言おうと死んだのだ。
ライの目の前にいる存在が、死んだと言ったのだ。
「そうです。わたくしがあなたを死なせてしまったのです~」
女神だ、とライは直感した。金色の飾りを付けた薄緑の長い髪、全く見えないほど細く閉じられた瞳、華麗な白緑のドレス、たなびく桜色の薄いストール……その外見だけでも女神と呼ぶには十分すぎるほどだが、何より纏う雰囲気が神々しかったのだ。
ライは一瞬、自分が死んだことを忘れ彼女に見とれていた。だが何度でも言うが死んでいる。それをライに思い出させたのもまた彼女であった。
「ライさん~。この度はわたくしの不手際により、あなたを
そう言うと彼女は深々とライに頭を下げた。この世のものとは思えないほど美しい女性が、自分に向けて頭を下げている。しかも自分は死んでいる。それで頭の奥底に消えていた困惑が一気に舞い戻ってきた。
「え……死んだって、え、嘘でしょ!? なんで!?」
「はい~。完全にわたくしの落ち度でございまして~……どうもライさんの座標がこの世の外側へ出てしまったようなのです~」
「この世の外側……あの世ってことっすか!?」
「広い意味で言えばそうなりますね〜。人の生存できぬ空間でございます〜」
「この後俺はどうなるんすか!? やっぱ天国とか地獄とかその辺に連れてかれるのかな!? うわぁーーーっ!」
「落ち着いてくださいませ~。ご心配なさらずとも~、わたくしが責任を持ってあなたを元の空間、元の時間軸上へとお戻しいたします~」
「え、つまり?」
「元通り生き返らせていただきます~」
「マジか。なーんだ生き返れるんだ良かったー」
「お、落ち着かれるのが早すぎます~……」
兼留ライ、彼は単純な男であった。
一安心したところで、ライは周囲を見渡した。何もない。白色の空間が果てしなく続いているだけである。生き返れることが分かった以上、せっかくだからあの世観光でもしてみたいな、なんてライは能天気にも思い始めていた。だが何もなかった。
そうなるとやはり視線が向くのは、神々しさを纏うこの女性だろう。彼女は閉じた瞳をほとんど開かないまま、にこりと笑った。美女の笑顔を見せられてライは赤面し、視線が泳ぎに泳いだ。兼留ライ、彼は小学生時代から通信簿に『感情が豊か』と書かれていた男であった。
「ところで、その……あなたは神様でいいんですよね?」
「いかようにも~。ライさんが思うがままに~」
「えっ?」
なんと彼女は己の認識をライに委ねてきた。かなりおかしな話だが、それよりも本当にいいのだろうか? 出会って1秒で即女神判定を出したこの単純男に委ねてしまって?
ともあれ、これでライ的には女神(推定)から女神(確定)となった。
「じゃあ、女神さんって呼びます。一面真っ白でなーんもないんですけど……あの世って、こんなに殺風景なんすか?」
「こちらは~わたくしが一時的な待避所として~、32次元宇宙の余剰ブレーン上に用意した~局所性仮設ミンコフスキー空間にございます~」
「さんじゅうにじげん……なんて?」
「すなわち~、異次元に張った
「あ、なんもないんだ……」
「はい~。いつまでもここにいる意味もございませんので~、そろそろ
そう言って女神さんは右手をライに差し出した。肌が色白できめ細やかで、そして指が細くて長くて美しくて、ライはドキッとしてしまった。爪の末端に至るまで綺麗に整っていながら、彫刻的・人工的ではない――血の通った温かみを感じる手先だった。
やはり彼女は女神なのだ。そう思いながら、ライは恐る恐る彼女の手を取った。すると、エレベーターが下降する時のような浮遊感と共に、白い空間から地球の上空へと景色がゆっくり移り変わっていく。
「結局なにがなんだかよくわからないまま死んで生き返ることになった……」
「よろしければ、ここでの記憶は消去いたしましょうか~?」
「いやいやいや! わけわかんない体験だったけど、本物の神様に会えるなんて超ラッキーじゃないっすか! リアルでこんなことがあるなんて思わなかったし! 絶対消さないで!」
わかりました~、と女神さんは微笑する。相変わらず目は開かない。いわゆる糸目というやつだろう。本当に見えているのか疑問だが、神様なんだから見えているはずだとライは思った。根拠はない。
そうこうしているうちに、ライと女神さんは雲を突き抜け、地表へとどんどん近づいていく。やがて街中の歩道に、ライの学生鞄がポツンと放置されているのが見えてきた。
「まもなくです~。気を付けてお帰りくださいませ~」
そして遂に、ライは元通り、下校中の通学路へと戻ってきた…………はずだった。
スルリ、とライの足首までが、地面に埋まってしまった。地面の感触がない。
「えっ」
「あ、あれ?」
下降が減速せず、ライの体がどんどん地面に埋まっていく。そして女神さんまでも。
「ちょっと待って、埋まっ、頭が地面の中に! うわっミミズ!」
「あわわわわ」
目と眉をハの字に曲げ慌てる女神さん。それでも目は開かない。頑なに糸目である。1人と1柱はそのまま下降し続ける。薄灰色やら黒色やらの岩石の層を抜け、突如ライの視界が真っ赤になった。なるほどこれがマグマ。いや感心している場合ではない。ライは今マグマの中にいるのである。どういうわけか無事なのが逆に恐ろしい。
「女神さぁぁぁぁん!どうなってるのこれーーー!」
「ざ、座標移動が制御できません……!」
少しだけ色味の違う赤色が視界に入ってきた。地球の核である。ライは人類史上初、肉眼で地球の核を見た人間になった。誰にも言えない称号を獲得したまま再び岩石の層、そして地表へ。
日本の裏側と言えばブラジル……と思いきや、実はブラジルと重なるのは沖縄くらいである。1人と1柱が出てきたのは大西洋であった。何かしらの漁をしていた船の間を突き抜け上空から成層圏へ。とうとう宇宙へ行ってしまった。
月を越え、火星を越え……間違いなく加速している。光速を越えて太陽系の外へ、天の川銀河の外へ、宇宙の外へ、
そして遂に、ライと女神さんは全てを置き去りにした。
◆◆◆◆◆◆
暖かな日差しと、青々と茂る森に包まれた、小さな村があった。
森と村を隔てる石壁の内側には木造りの家がポツポツと並び、間には畑や果樹園が作られている。村の端を流れる川には水車が置かれ、ゆるやかに回っている。
人口は30人もいないだろうか。とても小さな村である。村民は井戸から水を汲んだり機織りをしたり、各々の仕事をしていた。だが仕事中でもすれ違った相手とは一言二言軽口を交わしたり、子供たちは動物の世話をしていたつもりがいつの間にか動物と遊び始めていたり、豊かではなくとも平和で穏やかな時が流れていた。
村の果樹園には鮮やかな赤色をした丸い果物がたわわに実り、壮年の夫婦が赤々と色づいた果物を1つずつ丁寧に収穫していた。それを木の下で夫婦の娘と思われる少女が受け取り、木箱に詰め込んでいく。少女は村の子供たちの中でも年長のようで、年下の子供たちがやって来て遊びをせがまれていた。少女は「はいはい、これ終わったらね」と子供たちをなだめ、果物がたっぷり入った木箱を運ぶ。
そんな村の、正門から続く大通りのど真ん中で、幼い少女が空を見上げて突っ立っていた。それを見かけた初老の男性が声をかける。
「どうしたアンナ、こんなところで空なんか見て」
「おじーちゃん、あれなぁに?」
幼い少女が指差す先には、青白い光の点があった。日中だというのに随分と目立つ光だった。
同じものを、果樹園の少女も見ていた。
「なんだあれ……流れ星?こんな真っ昼間に?」
しばらく見つめていると、果樹園の少女は気づいた。この光、だんだん大きくなっている――否、こちらに近づいている。
そして聞こえてくる、耳をつんざくような絶叫――そう、絶叫である。男と女の、2つの絶叫である。
「落ちるぅぅぅうわあぁぁ!!!」
「ああああああああっ!!」
「えっ、何、人ぉぉぉっ!? 人が落ちてくる!?」
青白い光は、悲鳴と共に村へ墜落し……直後、太陽光に匹敵するほどの閃光と衝撃波を撒き散らした。
畑がめくれ上がり、家が転がり、人々が四方八方へ飛んでいく。村を包む森までもが光に包まれ、形そのままで木々が空を飛ぶ。永遠に続くかと思われた穏やかな村の日常が、理不尽にも吹き飛んだ。
その日、ある世界から、1人の人間と1柱の神が消えた。
その日、ある世界から、1つの村が消えた。
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