第16話 恋する街角【かすみ草】
いらっしゃいませ
『アリスcafe』へようこそ
本日は良い干菓子が手に入りましたので抹茶を合わせてみました。
抹茶は西尾抹茶を柔らかな泡を心がけて点てさせて頂きました。
ご賞味くださいませ
――――
――――
静かな夜でございます。
目の前には柔らかに幸せそうな笑顔を見せるおじさまの写真
白い菊に囲まれた祭壇の中央に大きく飾られております。
この写真は二年ほど前、おじさまから依頼されて私が加工した画像から作られ
ております。
おじさまの人の良さ、優しい瞳、損なわないように背景を取り、色調を合わせ
髪の一本一本まで気を遣って仕上げた物です。実際に使われる日が来てしまっ
たのですね。
§
「雪ちゃんはパソコンが得意だと聞いたからなあ ほら若い子は写真を撮って
いんたぐらむとかやるんだろ」
仰るとおりパソコンはよく使用しておりますよ。いんたぐらむ・・・はやって
おりませんが・・・
「この写真で良い感じに葬式の写真を作ってくれんか」
縁起でもございません。まだまだ元気なのに何を仰るのですか
「自分の葬式の準備ぐらいしとくもんだ 葬式屋に頼むより雪ちゃんに作って
もらいたいんだよ。頼まれてくれんか」
そうですね、知らない人に依頼することを考えるのであれば私が心を込めて作
らせて頂きます。でもすぐに使ってはいけませんよ。私の花嫁姿を見せるまで
は元気でいてくださいね。お願いですよ。
――――
急な知らせでございました。
訃報に接し、胸が締め付けられる思いでございます。
遠方に出向いていたため、通夜に参列すること叶いませんでした。
―― 葬儀当日
滞りなく葬儀は行われました。読経の響く中、焼香もさせて頂きました。
喪主である長男さんも立派に挨拶をし、気丈に勤め上げておりました。
そして弔問側として参列した身としては最後のお別れとなる出棺前のとき
手折られた白菊を手にお棺の中へと捧げます。
眠るように横たわるおじさまを囲む白菊
そこへおばさまが抱えるように持っていらっしゃったのは「かすみ草」
ひと枝 また、ひと枝
足下から丁重に重ねられて行きます。
お顔の周りにも包み込むようにかすみ草の白く小さな花が咲き乱れます。
おじさまに語りかけながら最後のひと枝を胸の上に置きました。
「あんたが好きな花は忘れとらんよ。私にくれた最初で最後の花だかんな」
以前、おばさまから聞いておりました。おじさまが求婚するときにかすみ草だ
けの花束を持ってきたそうです。
「私が行くまで、あっちで浮気なんかすんじゃないよ あんたはいい男だかん
な」
おふたりにとって愛を象徴する花「かすみ草」
再会を約束する花となるのでしょう。
ここに愛し合うふたりの姿がありました。
雪が舞うように咲くかすみ草に囲まれておじさまは静かに旅立たれました。
§
幸せそうな笑顔を見せるおじさまの遺影
あの画像の元となった写真は、おばさまとふたりで撮った写真でございまし
た。
ご自分の遺影として使う自分らしい一枚
人生で一番幸せそうな笑顔の瞬間
おじさまは、愛する人と一緒に撮った一枚を選んでいました。
§
実は、おばさまからも別の日に依頼を受けておりました。
葬儀に使う写真は雪ちゃんに作ってほしいと持ってきた写真
おじさまと同じ写真を手渡されておりました。
おばさまが人生で一番幸せそうな笑顔を見せた瞬間
おじさまと一緒に笑った瞬間でございました。
私が理想とする夫婦のあり方 お手本を見せて頂きました。
羨ましゅうございます。
死がふたりを別つまでの愛を誓うと宣誓する結婚の儀
死を以てしても途切れることの無い愛がここにあります。
今はただ
合掌
――――
――――
あなたの幸せな笑顔は誰に向けられる物なのでしょう。
永遠の愛 信じてみたくなりますね。
またのご来店をお待ちしております。
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