第15話 恋する街角【手紙】


いらっしゃいませ


『アリスcafe』へようこそ



今は営業時間外 ほのかに非常灯だけが灯る店内で窓の外を眺めております。


せっかく来ていただいたのです。お茶くらいお出ししますよ。


そして私の独り言を聞いていただけますか



――――

――――



11月23日は私の誕生日


無事、じゅうななさいになりました。



今年も父が張り切りまして、盛大にお祝いの宴を催していただきました。

本宅の一番大きな部屋に机を並べて頂いて、母の手料理が並びます。料理上手なのです。


両親以外にも可愛い妹たちをはじめ、友人、先輩まで集まって頂きにぎやかでございます。

なぜかみなさんドレス姿 わが妹の彼もスーツ姿 どこで用意したのでしょう。

昨年は普段着だったはずですが、ドレスコードが新設されたようでございます。


妙な雰囲気の中、宴は始まりました。




 §§§ 冒頭のあいさつ §§§ 



『音無雪 じゅうななさいです♪』 「「「オイオイ」」」


お約束の反応を頂きありがとうございます。母まで声をそろえているのはご愛敬と言ったところでしょうか

気心の知れた仲間に囲まれる時間は心地よいものでございます。

この挨拶も何度目でしょうか 少なくとも妹が迷うことなく声を合わせるほどは繰り返しているようです。




 §§§ ケーキ入刀の儀 §§§ 



あかねと手を取り合ってケーキにナイフを入れます。みなさん喜んで撮影されておりますが、これで良いのですか 

両親含めてこの茶番劇を止める人がいないのはなぜでしょうか


商店街の洋菓子屋さんが心を込めて作ってくれた誕生日ケーキ


たくさんハートがちりばめられて可愛らしいデコレーションではございますが、大きすぎませんか 


もしかして・・・ もしかしなくてもウエディングケーキではございませんか

今回のドレスコードもこれを狙っていましたね。まるで披露宴の様相でございます。



せっかくですので、我が妹にもナイフを握らせて彼と一緒に立っていただきましょう。

うん まさに新郎新婦の佇まい ダブル新婦とは違います。


さあみなさま写真撮影のご用意をお願いしますよ。



§



仕事の関係で途中退席となったお父さま お仕事お疲れ様です。忙しい中、時間を作っていただき感謝しております。私、愛されております。少し過保護ではございますが・・・



「あかねさん これからも雪の事お願いします」「もちろんです。お義父さま♪」



そこのふたり 何を宣っていらっしゃるのですか




§



友人、先輩ご一行は二次会会場での用意の為、妹たちは帰宅と言うことで散会となりました。

楽しい時間をありがとうございます。


みなさんからの愛情に感謝いたします。



――――

――――



二次会の会場となるのはあかねさんのお部屋 


用意の都合で指定の時間までは来ないようにと指示がされております。

楽しみに待たせていただきましょう。




ひとり自室に戻ってみると、いままでのにぎやかさの反動で少し寂しさを感じます。

なんでしょうね。この不思議な感覚は・・・



そんな時に届けられた郵便物


大きめの封筒を開けてみると、中から手紙が出てまいりました。


薄い青色の封筒に見覚えのある封印



差出人は見なくてもわかります。音無雪さんですね。




10年前の私から手紙を頂きました。




――――



10年前 素敵な企画を見つけました。


『10年後の自分に手紙を書いてみませんか』



10年後の自分を思い描きながら悩んで綴った一通の手紙

心を込めて、特製の封筒に入れて、背伸びをして作っていただいた自分の印章で封印をしました。


どんな手紙を書いていたのでしょうか



便箋を開いてみるとお気に入りのインクで書かれています。

この頃からこのインクを使っていたのですね。おませな子です。



§



――お元気ですか  


はい 私は元気ですよ。



――お仕事はつらくありませんか  


まだじゅうななさいですので、お仕事はしておりませんね。



――素敵な殿方と出会って家庭を持っている頃でしょうか


ごめんなさい まだ実現できておりません。



――百合さんの姉は出来ていますか


きちんとお姉さんしていますよ。



――百合さんはひーくんとお付き合いしていますか それとも別の殿方でしょうか


そういえばこの頃から二人はいつも一緒にいましたからね。

先日からひーくんとお付き合いを始めました。姉よりも先にリア充でございます。



――くすのきは元気ですよね。絶対に守ってください。


私の心のよりどころでもあります。生まれたときから見守っていただいているくすの大木

開発で切り倒すなんてことは絶対にしませんからね。

いまでは世界樹なんて呼ばれていますよ。百合さんが名付けたんです。


そうそう 百合さんは聖女ちゃんなんて呼ばれております。心優しい子ですからね。良い子に育っていますよ。

それに私も聖女なんて呼ばれています。百合さんの為に頑張ったのですよ。でも弊害が多くて悩んでおりますけどね。



――あかねは結婚したのでしょうか 親友の未来が想像できません。


あかねも独り身でございますよ。現在、私のお嫁さん候補となっております。なんと両家公認です。

・・・寂しい現実でございますね。



§



この後も質問攻めでございました。未来の私に夢を託し過ぎですよ。10年程度では変わらない物の方が多いように感じました。



もう一度夢を見てみましょうか


10年後の私へ手紙を送りましょう。きっと良い女になっているはずです。

私の戯言を笑って受け止めてくれることでしょう。






――――



大きな封筒の中にはもう一通の手紙



差出人は・・・  私宛に書いてくれたのですね。ありがとうございます。



丁重に封を切って、取り出したのは一枚の便箋



淡い茜色の便箋に一言だけ



『音無雪さん  あなたは今 しあわせですか』




ちょっとだけ泣きました。最高の誕生日プレゼントです。




§



指定の時間が近くなってきました。二次会の用意が出来たはずです。


そろそろ向かいましょうか



10年前からのお手紙   返事をしなければいけませんからね。





――――

――――



私の問わず語りにお付き合いくださいましてありがとうございました。



今度は営業時間でのご来店をお待ちしております。


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