鍵のかかった納屋 後編

5日目


最終日だ。


せめて、何かしら収穫を得て帰りたい。


私が思うに、この町の人は何かを納屋で飼っているのだろうと思った。


それは日に当たらなくてもよく、高価な価値を生み出すものだろうかと思った。


洗面器に入れられたものが、収穫物ではないだろうか。


希少な鶏の卵かと推測した。

だが、鶏の声は一切聞こえない。

鶏なら鳴き声の4日間に1つ聞こえないのはおかしいだろう。


最終日は積極的に動くことにした。

私は老人の家の敷地に忍び込んだ。


塀は低く、周囲に生け垣もあったので、隠れるのに苦労はしなかった。


老人もどこか鈍そうだった。

また納屋が音を立てたら、老人の後ろから覗いてやろうと思ったのだ。


その瞬間、納屋のものが見えたら走って逃げればいい。



夕方になり、チャンスが来た。

老人が洗面器をもって、納屋へ近づいたのだ。


私は、つい興奮してよく見ようと背筋を伸ばした。


「パキッ」


私が身を隠していた茂みが折れて音を立てた。

私はすぐさま茂みにまた低く隠れた。


洗面器を持っていた老人は、虚ろな目をこちらへ向けていた。


私は背筋が寒くなり、心臓がのどから押し出されそうになった。


老人は、怪訝な顔をしたものの、また納屋の方へ向き直って近づいていった。


私は足が震えながら、安堵した。

だが、今のタイミングで飛び出すのはまずい。


やはりもう少しチャンスを待つべきだ。


5分ほどして、納屋から老人が出てきた。


洗面器はいっぱいになり、タオルを掛けられている。


私は目を凝らした。

タオルと洗面器の隙間から、うす水色に光る石が見えた。


鉱石のようなものだろうか。


私は納屋に目線を向けると思わずにやけた。

納屋は閉じてなかった。


中途半端にドアが閉じられ、わずか10センチほど開いていたのだった。


私は覗こうと思った。


だが、老人が気づいて帰ってくるかもしれない。


3分ほど待った。

戻ってこない。

老人だから忘れてしまったのだろうか。


私は、意を決して、覗くことにした。

一瞬だけ覗き、姿を見たら、あとは一目散に走って逃げればいいだろう。


私は気を落ち着かせるため、一度深呼吸し、茂みから躍り出た。


ボロボロのトタン納屋まで走っている時、老人の姿はなかった。

やった。

これで謎が解ける。


私は、10センチほど開いた扉のスキマを見た。


茫然とした。


それは、人のようだった。

イスに縛り付けられ、ぼろきれのようなものを身にまとっている。


痩せて、肌は灰色だった。


頭髪は一切なく、ひげや、眉毛すら見当たらない。


動物のような白目のない目をしており、黒々とした目で私を見据えている。

唇がないのか、削げ落ちたのか、口が閉じずに黄色い歯が剥き出しになっている。


ひどい悪臭がした。


私は大学生の頃、バイトで公園のトイレ掃除をしていたことがある。

頭のおかしいヤツが、一時トイレに猫やタヌキの死骸を放置する事件があった。


その時の…うじが湧いた獣の死骸の臭いだった。


なんなんだろう。

この人間は。

そもそも人間なのだろうか。

この町の人間は…これを監禁しているのか。


灰色の人のような奴は、ぶるぶると私を見て震えだした。


そして、口を開き始める。


私は慌てた。

ここで悲鳴を上げられては老人が来てしまう。


すぐに逃げよう。

私は振り向いた。




背筋が凍り付いた。


私の目の前に、老人が立っていた。

憎悪に眉を吊り上げ、虚ろな黒目は敵意を持って私を睨みつけている。


そして、老人の右手にはナタのようなものが握られ、鈍く光っていた。


「なんしよるんや、お前」

老人が言った。冷ややかな声だった。


私は悲鳴をあげ、振り向いて走った。


「待たんか、おいこら」

老人が怒鳴り、後を追いかけてくる音が聞こえた。


もうどうなろうが構わない。

ここで殺されるのだけは、勘弁だ。


私は必死で走り、生け垣に突っ込み、塀を乗り越えた。


「まてっちゃ、こら」

老人が方言で怒鳴り散らしていた。

のどかな西日本の方言を聞いても、激しい敵意は容易に伝わった。


そのまま塀から飛び降りると、全力疾走で私は逃げた。




‥‥と、これが山口県で見たものだ。

私はその事件以降、町に行っていないし、バイトも辞めて山口県を去った。


今でも、あの光景は鮮明に覚えている。


私は老人の家でしか目の当たりにしなかったが、隣人の夫婦も同じように洗面器を持ち、納屋から音がしては中にはいっていた。


あの町の連中は、監禁してるのだ。

あの灰色の人間もどきを…


連中が、なぜ人間もどきを監禁しているのかはよく分からない。


もう今となっては、分からないし、知りたくもない。

私はもう考えないようにした。


だが、逃げようとすると、「影」というのは後を追ってくるものだ。


現在働く老人ホームで、山口県出身の老人から妙な民話を聞いた。


私は聞いて身震いした。


それは山口県北西部の昔話だった。

以下の通りである。


「ある村は、食べるものがなくなり、たくさんの人が死にました。困った村人は、空から来た神様を拝みました。神様は、村人を神様に捧げたら助けると言いました。村人は話し合って、ろくに働けない者や、気がふれた者、見た目が違う者たちを捧げました。すると神様は捧げた者たちを作りかえて、財宝を口から出せるようにしたそうです。村人は神様の使いとして、財宝を出す人たちを大切に世話したそうです」



【おわり】

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