下見駅

坐骨市北部の海沿いに、廻骨陰線の奇妙な駅がある。

寂れた町の無人駅である。

駅を出ると、すぐにその町の大通りへ出る。

大通りには、異様なほど背の高い黒く塗りつぶされた街灯が、2mほどの狭い間隔でずらりと並んでいる。


その駅の名は「下見駅」という。

山口県坐骨市大字下見(旧下見村)という場所にある。



名前の由来は諸説あり、漁港の開発のために下見に来るものが頻繁に訪れたから…という由来が良く知られる。



だが、地元の人間は違う由来を知っていた。

ある言い伝えが由来になっている。


その言い伝えとは

「下見に来たら見上げるな。下見て歩け。威張って見上げりゃさらわれる」

というモノであった。


イタズラをした子供を脅かすものだろうか。

この地方ではその言い伝えが元になっているのか

「人をだまして高笑いすりゃ、アゴ上がる」

「短気は、アゴが上がる」

「じらをいうと(わがまま言うと)アゴ上がる」

と言った言葉があった。


それは、アゴが上がると、顔が上を向いてしまうという意味だった。

つまり、見上げてしまうと悪い事が起こるということであった。

この町では「見上げる」という行為が忌避されていたのだった。


そのため、この地の人間は皆下を向き、うつむき加減に歩く。


さぞ奇異に見えたことだろう。

「この地の者は、目線を高く上げることを忌み嫌っており、いつも落ち込んでいるような様子でうつむき加減に歩く」

と郷土史にすら、その様子は描写されている。


現在の住民もそれは例外ではない。

その地から離れたものは、進んでこの話をしたりはしないが、しつこく聞くと答えてくれる。


住民の話では、なんとなく口にするのが不吉な気がするそうだ。

「いやあ、別に何も隠すことはないんですけどね。神社の敷居を踏むとか、箸渡しとか、ご飯に箸を立てるとかね。そういった類の迷信ですよ。何となくね、気味が悪いんですよ」

大抵の下見出身者は、笑ってそう返すはずだ。


だが、一人の物好きな大学生が現地に行ってみたらしい。

彼は関東出身のオカルトマニアで、その手の話題は好きな人物だった。


彼は夜に終電で「下見駅」へ向かい、始発で帰ってきた。

その顔は、青ざめ、夏の暑い朝なのにアゴが震えていたという。


彼は言った。


「俺が下見駅に着いたとき、当然ながら人っ子一人いなかった。もう23時ころだったよ。駅を出たら、駅の真ん前が大通りになっていて、街の奥まで続いているんだ。遠くの方は暗くて見通せなかったよ」


彼はペットボトルの水を少し飲んで続けた。

「大通りにはおかしなくらい背の高い街灯が並んでいてさ。その街灯も間接照明みたいに暗いんだ。高くて細い柱に提灯が付いたような…妙な光景だったよ。明かりも薄い青色でな、街は真っ暗なんだ。駅舎から出た瞬間薄気味悪くなったね。俺は念のために下を見て歩いたのさ。何しろ、異様な街灯と薄暗い大通り、明かりも全く点いてない家々…怖くなったのさ」


そして、彼は頭を抱えた。

「それで、その街灯の間隔も狭いのよ。だけど、正確に等間隔に離れているわけ。俺は歩数で測ったんだけど、きっちり等間隔だったね。そのまま歩いていると、そろそろ『見上げ』をしないとなと思ったわけ。何もしなけりゃ、来た意味ねえじゃんってさ。でも周りは、耳が痛くなるくらい静かでさ。人が住んでいるようにも見えないのよ。俺は、『うわあ…やっぱやだなあ』と思いながら、うつむいて歩いてたんだけど…」


彼は顔を上げた。蒼白だった。

「等間隔のはずの街灯に…一本中途半端な位置に…古ぼけた街灯が混じってたんだよ。うつむいた目線の端に見えた。でもな、他の街灯は鉄に黒塗りって感じの支柱なのに…それだけ、ぼこぼこでさ、真っ黒なんだけど『ごぼう』とか『年寄りの脚』みたいだったわけよ。俺は…オカルト好きな自分を呪ったよ。つい見上げちまったんだ。その奇妙なやつを…」


彼はつづけた。

「視界の端に入った時点で俺は『やばい』と目を反らした。なんというか、『見つめたらヤバい』って俺の身体が反射したんだよ。目線の端に入ったそれは、四角い箱みたいだった。でも、生き物みたいに丸みもあって…街灯とはちょっと違う色で、二つの『目』をこっちに向けていたんだ。妙な提灯の中に、薄暗い四角い箱が混じり込んでさ、頭を傾げて…明らかに俺の方を見ていたんだよ…」


彼は震える声で言った。

「でも…見れなかったよ。見ちまうと、俺は多分…そいつから逃げられなくなるって…。ああ…大丈夫かな。俺は第六感で見つめる前に目を反らしたが…。俺はすぐ駅舎に戻って朝まで顔を伏せていた。」

彼は立ち上がり、身震いした。

「そいつが町の言い伝えに絡んでるのかどうかは知らねえ。調べたら面白いと思うが…俺はしばらくごめんだよ。あそこの出身者があまり語らず、言い伝えを守ってる理由が分かる気がしたよ」


彼は、それ以降「下見」について語りたがらなかったそうだ。


だれが聞いても

「ああ…まあ…神社の敷居とか、箸渡しや、ご飯の箸立てみたいなもんさ」

と曖昧に答えるようになったそうだ。




【おわり】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る