【短篇】片田舎の怪異
差掛篤
黒犬
山口県坐骨市の古くからある漁港に、困った男が住んでいた。
男は黒い犬を飼っていた。
全身艶のある黒い毛並みで、筋骨隆々とした大型犬だった。
だが、犬というのも正確ではないかもしれなかった。
顔つきはさながら大型ネコ科動物「カラカル」のように見えなくもなく、犬と言うには小顔だった。
「ヒョウのようだ」という人もいた。
男は「犬だ」と言い張り、いつも連れていた。
大きな鎖と、棘の付いた首輪を付け、周囲を威嚇するように付近を練り歩いていた。
その「黒犬」は筋肉を波打たせ、猛獣のような息遣いをさせながらノシノシと歩いていた。
男は、さも自分も「黒犬」ほどの威圧感を持っていると言わんばかりに、金色ラインの黒ジャージをセットアップで着て、金のネックレスを提げていた。
髪は短めのアイパーで、肩で風を切り、常に眉間を寄せ、すれ違う通行人を睨みつけていた。
男は気性が荒く、始末が悪かった。
「黒犬」の落としていく巨大な糞も始末しないし、車道すら悠々と我が物顔に歩いた。
そして、女子供が自分の進路先にいると、怒鳴って追い散らした。
男の振る舞いに文句を言ったり、抗議をするものがいれば、男は威嚇し、さらには「黒犬」にも威嚇をさせた。
巨大な「黒犬」が牙を向き、獣の目つきで睨めば、通行人はおろか警官すら怖気づいて立ち去った。
男はしばしば、漁港の男達と「ぶちにやし」というサイコロを使った賭博に興じていたが、酒を飲んだり負けたりすると暴れた。
「黒犬」の鎖を解いて、テーブルの脚を噛み砕かせたりした。
付近の人間は男と「黒犬」の横暴に困り果てていた。
不思議なことに「黒犬」は大型犬ほどの大きさから、日に日に成長しているようだった。
男は時折嬉しそうに「コイツは馬ぐらいデカくなるぜ」と自慢していた。
そして、男はこれ見よがしに「黒犬」を叩いて見せ「俺には絶対逆らわねえ、犬は主人が絶対だからな」と言った。
「黒犬」は、その猛獣のような顔を無表情にしてされるがままだった。
住民はいつか「黒犬」が恐ろしい事故を起こすと噂していた。
ある日、噂は現実となった。
男は死体で発見された。
血に塗れ、ドッグフードと皿を一帯に撒き散らしていた。
喉笛を噛み切られ、文字通り首の皮一枚で繋がった状態で男は倒れていた。
肋骨や肩甲骨はへし折れ、頭蓋骨も陥没していた。
男の倒れた場所は、「黒犬」の小屋があった場所だった。
「黒犬」を繋いでいた鎖は、引きちぎれていた。
現場に来たある警官はこう話していたという。
「俺が若いときに…サファリパークでの事故に臨検した事があるがね…まさしくあの感じだったよ」
男と仲の良かった近所の者が、警察に事情聴取された。
その者は青い顔でこう話していたという。
「あの犬は…犬かどうかも分かんねえが…子犬の時に奴さんが山から連れて帰ってきたんだ。夜、奴さんが軒先で飲んでたら、チカチカ光る飛行機が飛んでてよ…自衛隊のある方へ飛んでいたんだとよ。だが、そのうちパッと明るく光って、煙を出しながら山に落ちていったんだと。奴さん、自衛隊の飛行機が落ちたと思ったらしく、山を駆け上がったんだとさ。そしたら、くすぶってる破片が散らばってて、小さな『黒犬』のやつが震えてたんだとさ。それで連れ帰って……あれは、絶対普通の動物じゃねえ…」
鎖が千切れ、「黒犬」は消えていた。
男が死んでしばらく経つが、「黒犬」の行方は分かっていない。
【おわり】
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