第131話

 いや待っておくれよ、とヴォラプティオは狼狽えたような顔でエミリオ様を離す。

 ――魔族でもあんな顔をするのね。

 私は、先ほどまでのエミリオ様と同じように、縋りつくような表情でこちらに手を伸ばしてくる彼を見て思う。魔族というものは、私たちには理解の出来ない思考回路で動いているのかと思っていたのだけど、意外とそうでもないのかもしれない。

 自分の想定外の事態が起きれば、魔族でも驚くのだ。しかもそれが、何百年、何千年と信じてきたことであればあるほど、確実だと思い込んで動いていたものが呆気なく違うと言われてしまった時のショックは大きいだろう。


「あんなに何度も……運命って、言ってたじゃないか。だから、あんなにも強く愛し合っているのだと言っていたじゃないか」


 私の言っている言葉を理解しきれないのか、理解したくないのか。明らかに動揺し、声を震わせている様子を見ると少々哀れになってくる。しかし、ここで納得してもらわなくてはいけない。

 自分のやったことは、全部無意味だったと。

 私たちに執着することに意味はなく、この国に害を及ぼすことにもなにも面白みなどない、と思って、自分の世界に帰ってもらわなくてはいけない。


「それを言ったのは、私ではありません」


 重ねて否定すれば「そんな……」とヴォラプティオとエミリオ様の声が被る。


「確かに、そう言っていたのはライラじゃなくて王子の方が主だったよ? でも、運命の恋で愛だから、ワタシたち魔族には負けないんだと、なにがあってもキミたちの縁は切れないんだと、そう言っていたじゃないか。第一、本当に生まれ変わってきたライラの近くには王子の魂を持っている男がふたりともいた。どっちも選べる立場に生まれてきていた。これはやっぱりこれは運命ってやつなんだろう? ライラの運命の愛を注がれるべきふたりが、こんなに近くにいるんだよ? 何らかの意思が働いているに決まっているじゃないか」


 よく考えて、思い出して、というヴォラプティオに、私はまた首を横に振り、彼の言葉を否定する意思を身体でも表現する。


「運命の導きのように思える立場にいたのだとしても、私は運命だからマクス様に恋をしたわけではないのだと言い切れます。本当に運命があるのだとしたら、魂同士が惹かれ合うのだとしたら、エミリオ様に全く、これっぽっちも、恋愛の感情を抱かなかった理由がわからないではないですか。それとも、本当はエミリオ様はオスリアン王の魂の片割れではないのですか?」

「そんなはずはないよ。この王子サマはあのオスリアンの魂を持って生まれてきている。間違いない」


 だからだ、とヴォラプティオは首をゆるゆると左右に振りながら両手を広げて上を向けた。途方に暮れたようにその手を見て、


「わからないから、どうしてか聞いているんだよ。なにが違っていたんだ? どうして、王子サマに想いを繋げようとするのを拒絶したんだい?」

「何度も言っています。単純に、これは運命ではなかったんですよ。いえ、私たちのだけではなく、ライラとオスリアン王の恋も、ただ1つの、誰しもが落ちる普通の恋のひとつだったんです。自分でこのひとしかいないと思った以外の人を好きだと思わされても、違和感が拭えないのは当然だと思いませんか?」


 理解できない、という風にヴォラプティオは首を横に振っている。私は、彼に理解してもらえるように言葉を続けた。


「それを運命だなんだと魔族に対して威勢よく言ってしまったのは、ただ単に、その時の彼らが恋にのぼせていたのでしょう。しかもその時、オスリアン王たちは魔族と死闘を繰り広げるという、生きるか死ぬかの渦中にいました。普通の人間の普通の恋愛であっても、浮かれれば『これは運命の恋だ』と口にすることもあるでしょう。特殊な状況下ならなおさら、年若い王子が自分たちの恋愛について特別だと思い込んでしまっても、不思議はないのではないでしょうか」

「……そんな、浅い……」

「恋に浮かれた人の発言なんて、ことごとく浅いものなんです、きっと」


 がっくりと項垂れてしまったヴォラプティオを見たエミリオ様は、おろおろとした様子で彼の背中を撫でようとしたり、私を見たりと忙しい。

 ――この隙に逃げ出せばいいのに。

 そうは思うが、下手に刺激してはいけない。私は黙ってふたりを見守る。


「じゃあ、ワタシの興味は? やったことは全部無駄だったと、なんの意味もなかったことだと言うのかい? ライラは」

「ベアトリスです。私はライラではありません」

「ベアトリス、ワタシのしたことは――」

「無意味、ではなかったと思います。運命の恋なんて、永遠に生まれ変わっても番い続ける魂なんてないのかもしれない、と考えるきっかけにはなったと思います」

「永遠に番い続ける魂など、ない……と、キミは、否定するんだね」

「はい」


 なんてことだ、とヴォラプティオは頭を抱えてしまった。なにやら、ミレーナ嬢が複雑そうな顔をしているのが視界の隅に見える。


「私は、マクス様とのやりとりの中で、自分で感じて、考えて、共に過ごす中で育ってきたこれを愛だと思いました。これは、私が自分自身で選んで掴んだものです。誰かから定められて、与えられたものではないと信じています」

「ベアトリス、どうしてキミは」


 運命を信じないのか、とヴォラプティオは問いたいのだろう。私はそんな彼に笑みを浮かべて答えた。


「運命ではなくて自分で掴み取った愛だという方が、運命なんで薄っぺらい言葉よりも素敵じゃないですか。……ところで、どうしてマクス様までそんな格好をなさっているのですか?」


 ヴォラプティオは完全に頭を抱えてしまい、そして、私の隣では同じような姿勢でマクス様が崩れ落ちていた。

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