初めての街

 翌日、ログインすると宿屋の一室に借りたベッドの上。

 リアルだとどうしようもなく眠気が襲うシチュエーションのはずなのに、相変わらず眠気のねの字も起こらない。

 さてと、ひとまず今日は特にすることもないですし、街の散策でもしましょうか……と思ったのですがその前に……っと。昨日ここに来るまでの道中で狩ったモンスターのドロップアイテムなんかを確認していきましょう。それ、インベントリ。



[食材]オオカミ肉 価値:☆ 品質:D

 筋肉質で少し獣臭い肉。焼くより煮込む方が良いだろう。

 ルプスからドロップされた。


[食材]ウサギ肉 価値:☆ 品質:C

 適度に柔らかく臭みも無い肉。焼くも煮るも良いだろう。

 ホーンラビットからドロップされた。


[食材]トリ肉 価値:☆ 品質:D+

 焼くと美味いが、そのまま食すにはあまりに小さい肉。

 スパロウからドロップされた。


[素材]オオカミの牙 価値:☆ 品質:C

 硬く鋭い牙。複数個集めれば強力な武具となるだろう。

 ルプスからドロップされた。


[素材]角ウサギの角 価値:☆ 品質:C

 鋭く尖った角。複数個集めれば強力な武具となるだろう。

 ホーンラビットからドロップされた。


[素材]トリの羽 価値:☆ 品質:C+

 とても小さくさらさらな羽。複数個集めれば立派な装飾具となるだろう。

 スパロウからドロップされた。



 ……以上ですかね。ふむ、この世界で初めて目にするまともな肉……ファーストコンタクトが腐った肉だったばかりに、どれも物凄く新鮮で美味しそうに見えますね。

 説明文を見る限り、オオカミ肉がリアルで言う輸入牛の肉みたいな立ち位置で、ウサギ肉はリアルで食べたことなんてないですが、何かと万能そう。トリ肉は……何なんでしょうか? 見た感じだと鶏肉とも違うようですし……。

 

 ……うん、まあこれ以上は考えても仕方ないので肉の話はここまでにしまして……と。お次は初見の素材とやらですが……そのまま装備やら何やらになるザ『素材』という感じですね。こういうの結構ワクワクします。

 と言っても、今すぐどうみたいなものでもなさそうなので特に突っ込むことは無いかな。


 さて、それでは部屋から出て……いざ、街中探索へ!


「──あ、お客さん! おはようございます! 朝食は召し上がりますか?」


 ……ん? ……え、私ですか?

 突然横から掛けられた声の方向に振り向いて自分を指差すと、その声を掛けてきた本人であろう少女が不思議そうに頷く。

 誰……いや、お客さんってことはこの宿の人ですよね。でも朝食って、今は夕方じゃ……いや、危うく忘れかけてましたがここゲームの中でしたね。リアル時間とゲーム内時間が異なっていたとしても不思議じゃないか。

 ……で、肝心なのはゲーム内でご飯が食べられるのかということですが……まあ食材がある時点で食べれはするんでしょうね。味は……するのかな? うわ、普通に気になるな。……いただきますか。


「……お願いしても?」

「! かしこまりました! ではあちらの席にてお待ちください!」


 うわ、凄く眩しい笑顔。まさに看板娘って感じ。可愛らしいなぁ……。

 元気いっぱいの年下少女にほっこりしつつも、あの子がNPCだということに少しだけ戦慄する。

 まあここはそういうもんだと割り切っていきましょう。……というかあの子、なんとなくファンクラブ抱えてそうだな……もしあったら入ろう。


 そんなしょうもないことを席についてだらだらと考えていると、いつの間にかそれ相応の時間が経ったのか目の前に木の器の上に並べられた料理が差し出される。


「お待たせしました! こちらモーニングになります! メニューのご説明必要でしょうか?」

「あ、お願いします」

「はい! それではこちらが生地にバターを練り込んでから焼き上げたウチ特製のロールパンで、こちらがブタ肉の腸詰めとオムレツ、そしてこちらがちぎりレタスのハムサラダで、最後にデザートのヨーグルトです! ここまでで何かご不明な点はありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「それでは、食べ終わったらあそこの返却口に返却してからの外出をお願いします! では、ごゆっくり!」


 最初から最後まで気持ち良いくらい一貫した元気っぷりでしたね。本気でファンクラブ探そうかな……。

 いや、それにしても……ごくり。な、中々豪華な朝食ですね……。

 はやる気持ちを抑えつつ、一番手前にあるロールパンに手を伸ばす。

 焼きたてなんでしょう、手に取るとじんわりとした温かみを感じる。

 そして一口サイズにちぎると、中からほかほかと白い湯気が立ち昇り、少し間を置いてからパン特有の優しい香りが微かに鼻腔をくすぐる。

 そして一口サイズとなったパンを口に放り込むと、さっきまでとは比べ物にならない香りが鼻を突き抜けていった。

 そのまま焼きたて特有の表面の絶妙な硬さを感じつつ、もふもふとパンを咀嚼する。

 お、おいしい……! パンのもふもふとした食感もさることながら、ほのかに香るバターの香りが小麦の素朴で優しい風味を助長してる……!

 え、あれパンってこんなに美味しかったですっけ!? 添加物の有無でこんなに変わるんですかね? それともゲーム内効果?


 まあこの際なんでもいいです。お次は腸詰めウィンナー

 プレートと一緒に用意されたフォークを手に取り、こんがりと焼かれたウィンナーに突き刺す。

 するとプツッという音を発してウィンナーの皮が破け、中から肉汁が溢れ出す。

 おぉ……! 見てるだけで幸せなやつだ、これ……!

 さて、頭を振って気を確かに保ち、中から溢れ出す旨味をこれ以上逃さないため早々に口に放り込む。

 そのまま咀嚼すればパリッパリッという幸福神経を刺激する音が聞こえ、お肉の旨味もしっかりと舌を刺激する。

 あ、結構スパイシーですね。このウィンナー。

 おそらく香草による爽やかな香りと共に、香辛料の確かな辛さが口の中に溢れかえる。しかしそれもそこまでくどくなく、数秒ほど咀嚼すれば大半は軽く消える。

 うん、こっちは普通に美味しいウィンナーって感じ。強いて挙げるとすれば、リアルよりもちょっと肉々しいくらいかな? あのパンはやっぱり焼き立てって言うのが大きかったのかも。私パンなんて手作りしたことないですし。


 さてと、まだちょっとだけ口の中がピリッとしている中、隣のオムレツにフォークを入れて掬う。

 そして一口含めば、中からとろっと半熟気味な卵が溢れ出して来て、その卵のまろやかさが口いっぱいに広がると共に、口内に残っていたウィンナーの辛味が緩和されて謎のスッキリ感が生まれる。

 やっぱり、こういうスパイシーなウィンナーにあわせるのは卵系の料理だと思うんですよね、私。

 今回はオムレツですけど、他にもスクランブルエッグとか目玉焼き、卵焼きとか……。

 でもこの場合だと卵の方は薄味でいいんですよね。だってウィンナーだけで十分食べ応えあるし。

 あと普通に朝は軽くていい。重いのは体が受け付けてくれないし、何よりも健康に影響が……。

 

 ……とまあ御託はそこまでと致しまして、お次はハムサラダ。……うむ、さっぱり。

 サラダ自体は適度な大きさにちぎられたレタスと細かく刻まれたハムが混ざってて、見ても食べても瑞々しくてさっぱり。あー、油分が洗い流される〜……。

 何気にこんな感じでお肉系食べた後にサラダでさっぱりするの至福だったりしません? 私はいっつも焼肉に行くと必ずこれで悦に浸ります。文句無しで美味しい。


 ……よし、それじゃあ最後の〆のデザートですね。フォークが元あった場所の横に添えられていた小さなスプーンを使い、ヨーグルトを一口分掬いパクリ。

 うん、程よい甘さで乳感と酸味のバランスがいい感じ。……というかレベル高いですね、このヨーグルト。

 この前リアルのスーパーで買ったちょっとお高めなやつに勝るとも劣らない加減。……まあこれは私の好みの問題か。





「ご馳走様でした」


 いやぁ、おいしかった……!

 特にあの最初に食べたパン。定期的に食べて「はふぅ……」したくなる味でしたね……。


 手を合わせて食材と作ってくれた人への感謝を祈った後に、席を立って返却口に器を返却する。その時にあの元気な少女と目が合ったので、ぺこりとお辞儀すると満面の笑みでお辞儀し返してくれた。いい子……。




 ってな感じで気持ち的にはお腹いっぱいになって、ようやく街中探索に乗り出した私だったのですが……すごい。宿の外に出ると本当に想像通りの異世界ファンタジーな風景。ありがとうございます。

 ふむ、ざっと見た感じだと建物系は大体が木と石で出来てるのかな? 足元の地面も石畳だし。

 まあ別に専門家じゃないので、ざっくりファンタジー! な感じがすればいっか。こういうのを深く考えてもこれといった実入りは無いし。


 それから特に目的地もすることも無いので惰性でぶらぶらテキトーに街中を巡っていく。

 道すがら鍛冶屋、服屋みたいな装備系のお店もあれば、本屋や薬屋のようなお助けアイテム方面のお店もある。

 驚いたのが、プレイヤーに特段効果のなさそうな花なんかも売られてたことですね。観賞用とかでしょうか?

 ちなみにですが、値段なんかは商品を手に取ると分かるようになっていて、商品の名称・説明・購入するかどうかの確認がウィンドウで表示される。


 ……まあ何も買わないんですけどね。別に目当ての物も欲しい物もないし、女の子の買い物なんて所詮こんなものだと思います。

 行くあても目的も無くひたすらフラフラ〜……。これの何が楽しいのかって? 嫌だなぁ観光ですよ、観光。

 ガチガチに計画を練ってのものもいいですけど、たまには何も考えずボーッと巡るのも中々新鮮で楽しくありません? まあ他がどうあろうと私は楽しいです。

 現代チックな機械なんか無く、どこかまったりした雰囲気の街には、こちらもそれ相応にまったりした態度で臨むのが筋というものでしょう。まあこれはあくまで私の理論ですので、他の方は気にすることなく自分流にお楽しみください。私もそうします。


「あれっ? 見たことない人だー。新入りさん?」


 おや? 今日はよく人に話しかけられますね。

 声の聞こえた方に振り返りつつ、あの美味しい朝ご飯を提供してくれた少女を思い出す。まあ宿の子はNPCですけど……って耳!?

 あ、いや耳じゃない。耳だけど耳じゃない。

 目の前でピコピコと動く白色の長耳……明らかなウサ耳に動揺しつつ、その下の耳の持ち主へと目を向ける。

 そこにいるのは私より10センチほど小さい女の子……おぉ、すっごい笑顔。あの子に負けず劣らずですね……。

 ……あ、とりあえず返事をしなければ。


「そうですね。ここに来たのは昨日が初めてなので」

「へぇー、そうなんだ! ここにってことは、人外スタートなのかな? うーん、あんまりそうは見えないけど……」

「あ、そうなんですよ。私こう見えてもゾンビスタートでして。そんなに人間っぽく見えます?」

「ゾンビ!? それはまたなんとも……というか、人間っぽいと言うより人間! ビックリするくらい! でも、ゾンビってこんなまともな進化先あったっけ? 進化しても特に変わりないって噂だったような……もしかしてエクストラだったり!? あっ! ごめん、やっぱり今の無し! そういうの聞くのあんまり良くないもんね! うん、ごめんねっ!?」

「え、あ、いや全然大丈夫ですけど……」


 す、すっごい喋るー、この人。まさしくマシンガン。私はいつの間にサバゲー会場に?

 と、そんなことはどうでもいい。私の視線は今や彼女が喋る度にピコピコと揺れるウサ耳に釘付けである。

 ピョコ、ピョコピョコ……。あ、下の持ち主さんが話す度に腕とかでジェスチャーするから耳も連動して動いてるんだ。芸が細かいなぁ……。ピョコ、ピョコ……。


「──……大丈夫?」


 ……ハッ! なんか昇天しかけてた!? あ、危ない……!

 ぽわぽわした思考を頭を振って追い払う。ウサ耳の魔力、危うし……!

 ふと下に目を向けると持ち主さんが本当に心配そうな目でこちらを見つめていた。

 うっ、なんて純粋な目……すいません、今あなたのお耳に脳みそ占領されてました……!


「あっ、いえ大丈夫です! すいません、ご心配おかけして!」

「いえいえ、なんかボーッとしてたから……」

「いやぁ、ははは……」


 言えない。あなたのその耳のせい……いや、おかげですとは……。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はもち米って言います。これに関しては変なこだわりなんだけど、もちはひらがなで米は漢字だよ〜」

「あ、もち米さん。了解です。では、私はアリスと言います。特になんの捻りもなくカタカナですね」

「アリスちゃん! いいねぇ、私好きだなぁ。なんかちょっと儚い感じがして」

「え、本当ですか。ありがとうございます。まあ実際は名前を少し文字った程度なんですが……」

「うえぇっ、その方が凄くない!? リアルでもアリスちゃんみたいな名前なんだ。ふぁー、なんか住む世界が違う人って感じがするぜ」

「いやいや、全然そんな事ないですよ。それよりも、そのウサ耳凄い似合ってますね。さっきも思わず見入っちゃって」

「! えへへ、そうでしょ。なんたって、このために獣人を選んだと言っても過言じゃないからねっ!」


 エッヘンと可愛らしく胸を張るもち米さんと連動して、頭上のウサ耳がピンッと伸びる。思わず目を惹かれそうになりつつも、何とか留まり頬を綻ばせる。

 なんか……もち米さんの年齢とか知らないので失礼にあたるかもしれませんが、どこか可愛らしい姪っ子のように感じる。

 こう……上手く形容できませんがとにかく可愛い。うん、自分に無いものを持ってる人ってなんか惹かれますよね。そんな感じです。


「えへへ、アリスちゃん良い人だねっ!」


 あぁ、癒される……。

 

「さっ、それじゃあお近づきの証として──平原までモンスター狩りに行こっか!」


 ぁはい、行きましょ……はい?




・ー・ー・ー・ー・ー・


ということで、今回は街探索だけと思わせての初っ端飯テロ回でした。

作者的に飯テロは初の試み。果たして上手く書けてるのだろうか?

一応これからもちょくちょく飯テロ的なの挟んでいくつもりなので、対戦よろしくお願いします。

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