第四話 「追撃戦」

【17:20】


「おかえりー。何買って来たの?」

「頼まれていたのは全部です。店長のカフェオレと、その人のミルクティー。ちゃんとありますよ、どうぞ。」

「ありがと。で、君は何買ったの?」

「何でもないですよ。エナジードリンクと、あとキャラメルだけです。」

「好きだよねー、キャラメル。前私が見た時も食べてなかった?」

「まあ、そうですね。旨いので。」


と、こんな風にだ。何の変哲もない会話をしながら、時間は過ぎていく……はずだった。


【17:28】


「さて、そろそろいいかな。」

「何がでしょう?」

「君がしていた事と同じ事、だよ。気付かなかった? たまに同じところをぐるぐる回ってた事に。」

「……マジですか?」

「マジだよ、大マジ。あちらのバックアップが来る可能性も否定できないし、保険は必要さ。」

「……乗ってから今まで、ずっと?」

「そうそう。今までずーっと適当に走ってた。」


……敵のバックアップ、ねぇ。まあ確かに、注意の必要性は認める。認めるが、だからって数十分間適当に進んでいただけなんて、やり過ぎだろう。時間の無駄としか思えない。

俺にとっては、知る事が第一なんだ。もし例え、敵に襲われたとしても。

この能力は、二回しか使った事がない。ないが、はっきり言って今までとは比べ物にならない。正直言って、当ててしまえば勝ち確だ。今の俺には、圧倒的な自信がある。無意識のうちに拳を握ったり緩めたりして、その感覚を表現してしまうんだ。


「……君、いま『自分なら敵に襲われても勝てる』なんて考えたりしてないよね。」

「……否定はしません。」

「いいや、そんな曖昧な表現はしなくていいよ。能力が変化したタイプの人は、みんなそうだ。」


……“変化したタイプの人”?俺以外にも、こういう事象はあるもんなのか?


「だいたい、死の淵に立ったりとか。後は、精神的に限界まで追い詰められたりするとそうなるね。きっとそれは、人間の生き延びようとする本能が目覚めさせてくれるんだろう。

本当に、それには脱帽する。けど、それで驕ってしまうのも人間の性だ。

強力な能力者が皆心掛けている事、わかる?」

「常に能力を進歩させる、とかですか?」

「それもそうだけど、一番はそれではない。

『油断だけはしてはならない』って事なんだよ。少なくとも、私の知ってる一番優秀な能力者は、そう考えている。」

「……はぁ。」


あの人が知っている最強。まあ、組織のリーダーとかか? 思いもよらない所から、何かを知れそうだな。


「さて、百聞は一見にしかずとはよく言う。私が実践してあげよう。

……後ろのあのバン、付けてきているね。“あ”の2488。もう少し角を曲がってみて、それでも着いて来るのなら迷わず攻撃だ。」


それだけ言って店長は、アクセルを踏み込む。

しかし踏み込んでいるにも関わらず、前ではなく何故か俺の方を見た。


「ちょっと調子に乗ってる若造に、大人の闘い方ってやつを教えて……」


そして運悪く、曲がり角から車が出てきた。しかも、曲がってこちらに突っ込んで来るではないか。当然、こっちの運転手は気付くはずもない。あまりに突然の出来事だったので、一瞬声が詰まってしまった。


「馬鹿、前見ろ!衝突するぞアホ!」

「ちょっと、何言ってーーーー」

「マジかこの女ああああああっ!」


エアバッグで前の二人は大丈夫だが、俺の方が……っ!


【17:40】


「っはぁ……はぁ……はぁ……最悪……!」


何とか優子さんは助け出した。だが、幸樹くんがまずい。シートベルトをしていなかったみたいだし、後部の状況もわからない。

私が突っ込んだ前の車両の乗員も、敵だった。銃を向けられた。相手が二人だったから何とかなったけど、それ以上来ていたら一巻の終わりだっただろう。


「……優子ちゃん、悪いけど治してもらえる?本当に死にそうでさ。」

「今やってます! ちょっと、待って…よし、完成した!『カインド・ヒール』、行きます!」


彼には伝えていない。彼女……優子ちゃんが、能力者である事は。

『カインド・ヒール』と、私達は勝手にそう呼んでいる。本来は個人に対して能力の名称は与えられないが、通り名として言われる事はかなりある。

『カインド・ヒール』。その名の通り優しく、傷を治療してくれる。といっても、治療というのは語弊があるのだが。

彼女の能力は、対象の部品……人間で言うのなら、部位を無制限に生成できる。例えば今の私なら胴体、左脚、それと頭もだ。

そしてそれを、入れ替える。幼児向け番組に出てくるあいつの、パンでできた頭のように。

「ぐっ……!」

無論、基本的に人間が体感しないような感覚がするため、気持ち悪さはある。それに、新しい部位が慣れるまでにも少し時間はかかる。だが部位ごと交換する都合上、細かい傷や疲労なんかも消せたりする。あと、跡が残らない事も利点だ。


「OK、動かせるね。治療に感謝します。

さて、余った私の体は…『ガンナーズ・コンテナ!』」


私の能力『ガンナーズ・コンテナ』は、形状が類似した物を変換する能力だ。変換されて出来るのは、銃に関連する物…例えば銃本体、弾薬、マガジンなど様々なものに変える力を持つ。といっても、頭や胴体なんかは形状が違いすぎてどうしようもないが、脚ならなんとか変えられる。

そして完成。M24、米軍御用達のボルトアクションライフルだ。しかし、生憎のところ弾薬は手に入れられそうもない。いい感じの大きさの物が無いんだ。弾薬の調達が少し面倒なのは、この能力の欠点かな。

と、自分たちの窮地を実感した所で、ゆっくりと近づく足音に気付いた。


「ちぃ……付けてきていた方の乗員か!

優子さん、隠れていて!ここは私がやる!」

「了解です!」


彼女が物分かりのいい子であるという事は、現状ではとても幸運だ。おかげで戦闘に集中できる。

ボルトを少し後退させて、チャンバー内を確認する。いつもの事ではあるが、しっかり弾薬は入っているな。


「すぅ……はぁ……落ち着け、慎重に……」

ついに、奴らが来た。一発でやる。撃ったらすぐに武器を変えて、拳銃で応戦だ。


「おい……奴ら、どこに…」

「いや、遠くには…もっとよく…」


まずい、二人いる。この銃でニ対一は、あまりに不利だ。一発でどちらもやらないと、持ち替えの隙をつかれる。

集中しろ、集中だ。一発で二人、殺せなくとも貫通して当てられればそれでいい。

もう持ち替えも出来ない……射撃まで、2、1……来たっ!

幸運にも、二人同時に射線に入ってくれた。照準がブレないように、そしてギリギリまで位置を悟られないように、息を殺して待つ。

アイアンサイトの中心に入る二人が重なった、その瞬間。銃がブレないようゆっくりと、しかし迅速に、引き金を引いた。

二人の身体に風穴が開くのを見るより先に、拳銃を引き抜いてもう一度狙う。手前の一人は即死だが、奥の方は右手が傷付いただけだ。


「っち!このおおおおおおおっ!」


この際、照準のブレなどどうでもいい。とにかく走り出し、引き金を引き続ける。

三発、四発、五発…鉛玉が男の身体に、傷をつけていく。

奥の男も倒れるが、その視認と路地から出るのとはほぼ同タイミングだった。無我夢中のままに、左に銃を向けて撃ちまくる。そのまま、私が衝突させた車の陰に隠れた。

そこで弾倉を交換しながら、さっき一瞬見えた映像に思いを馳せる。

「なんか、壁みたいなのが出てた気がするんだよねー……絶対効いてないよな……」

「ご名答だな、その通りだ。」


聞いてもいないのに、誰かが答えた。


「どうやら、お前が弟に直接手を下した奴らしいな。そうだろう?女。」

「ああ、どうも!アスファルト男のお兄様で

いらっしゃいますかぁ?」

「いかにも。黒田組の人間なら知っているかもしれんが、一応教えてやろう。

私こそ森 敏夫の兄。『森 慎一』だ!弟の仇は取らせてもらう! まずは貴様を捻り潰し、もう一人の男も惨殺してくれるわ! 」


最悪だ。森兄弟が、一日のうちに揃ってご登場とは……! 同時に攻撃して来られなかっただけ、まだ良かった。これが同時に来られていたら幸樹君は即死、優子さんは攫われ、黒田組は絶望みたいな感じだっただろう。

とはいえ、強敵が連続で来ると言うのも結構きついものだ。しかも事故った後だし。

こうしてよく見てみると、敵の車の方にはブレーキ痕がない。あいつらもぶつける気で突っ込んだんだろうけど……それにしたって、私がよそ見していなければ回避できたのも事実。自分の馬鹿さ加減には、情けないと言う他ない! こんなに初歩的で、単純なミスを犯すとは!

「捻り潰すぅ? あんたみたいな雑魚に、出来るわけないでしょ!」

「……挑発するのは勝手だ。だが、私はその程度の事で自分の精神を左右される男ではないぞ!」

ま、乗ってくれるわけないよね。

さて、今日は色々とやらかしちゃった事だし……

「名誉挽回、あんたの命でさせてもらうよ!」

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