第三話 「湧き上がる謎たち」

【16:34】


制御が効かない。しかも、そんなクソみたいな状況の上にこの威力ときたものだ。

俺は、こいつを……殺すかも、しれない?


「来いよ……! 完膚なきまでに叩き潰してお前に勝たなけりゃ、俺は気が済まねえぜ!」

「なあ、もういいだろ! 

これ以上やったって、お互い何にもならない!傷を増やすだけだ! もしかしたら、死ぬ、かも……」

「当たり前だ、殺す気だからな! ただし、今日死ぬのはお前だけだ! 固められて、地面の下に沈め!」


ヤバい。もう、殺すしかない。このまま手加減しようとしても、相手に対して無駄に痛みと傷を与えるだけだ。

相手は感情的になって、低速だがこっちに近づいてきている。よく見れば、足を怪我しているらしい。それならば十分に狙える、その程度の速度と位置だ。

さっきのを、もう一度やれ。集中するんだ、集中しろ、集中……!

張り詰める空気。首筋には脂汗が流れ、手の震えが止まらない。

そんな空気感が、弾けるような声がした。


「君、身をかがめて!」


突如後ろから聞こえた怒号。“従わなければならない”と、そんな気がして、屈んだ。

次に聞こえたのは、三発の爆発のような音。思わず耳を塞いでしまう程の、爆音だった。

その爆音の中で、俺は見た。男の脳天に丸型の傷が、三発。

爆音の方を、慌てて見る。しかし、或いは見なかった方が良かった光景だったのかもしれない。


「君!急いでこっちに来て!」


その光景は、あまりに理解不能だった。しかし、何とかその中の情報だけは抽出できた。

できてしまった、というのが正しいかもしれないが。

それでもやはり、分からない。見れば見るほど、この状況に対する理解ができなくなっていく。

……何で俺のバイト先の店長が、拳銃持って立ってんだ?それも硝煙吹いてる、まるで“まさに今射撃した”、みたいな感じのそれを。


「何を……何をやってんだ、桐咲店長!」


彼女の名は、桐咲という。下の名前はまだ知らない。推薦での入学が決定してからすぐにこの町まで引っ越して来て、家探しした後バイト初めて、そっからずっとだ。もう二ヶ月、いや三ヶ月は一緒に働いて来た。

いい人だった。優しくて、対応が上手くて、何でもこなして、シフト作りも完璧だった。

あの人が、なんで。それに、さっきまで追われてたあの女もいる。何なんだ、これは?

一体俺の知らない所で、何が……何が、行われているってんだよ!


「お、落ち着け。落ち着くんだ俺…!

一旦、状況を整理しろ。」


独り言を言い、自分の精神を冷静にさせる。

店長が持っているのは、おそらくグロック17Lという銃だ。

グロック17って銃をロングスライド化した奴だったはずだが…詳しくは覚えていない。なにぶん、ゲームに出て来る実銃の解説とかあんまり見ないタイプなんだ。

それに、銃なんてFPSゲーム位でしか見たことが無かった。本物のグロックなんて、一生見ないで生きていくんだと思っていた。

知識としては、知ってはいたが…


「おお、幸樹君⁉︎ まさか、君がここにいるとは! 優秀な子だとは思っていたけど、ここまでとはね!」

「あ、あっはははは……桐咲さん、あなたこそ。」


俺は、褒められた事で喜ぶべきか? 店長が人殺しをした事に関して、怒るべきか? それともこの訳の分からない状況に、困惑すべきなのだろうか?

何をしていいか、何をするべきか、右や左どころか、前も後ろもわかりゃしない。

とりあえず感情が迷子だ。一旦、立たなくては。

立たなくては……立たなく……ては……

……立てない。さっき走っていたせいで来る足の疲労と、精神的疲弊と、あと理由不明の眩暈とか立ちくらみのせいで、立つどころか意識を保つだけで精一杯だ。


「桐咲さん、知り合いですか?」

「知り合いも何も、私が店長してるコンビニのバイト君! 三ヶ月前に入ってくれた子なんだけど、なんで貴方が……」

何でこいつら、人が意識失いかけてる目の前で平然と会話できんの?

いや、意識を失いかけているなんて向こうは分かるわけが無いって事は重々承知だが。


「ちょっと待ってください、桐咲さん?先週言ってた男の人って、まさか……」

「うん、この子。多分同じ高校だと思うよ。」

「……う、うそぉおおおおおおおおおおおおん!」


……話の内容が、頭に入って来ない。来ないが、絶対にろくな事ではないという事だけは、死にかけの頭でも理解できた気がした。


【17:13】


「う、ん……」


ここは、何処だろうか。狭っ苦しい場所で寝転がっているって事だけはわかるんだが。

それに、軽い振動もある。


「あ、起きましたよ?」

「しばらくは、そっとしといたげてよ。彼、今日かなり色々あったみたいだし。半分は貴女のせいで。」

「あれはっ……やっぱり、今日はおかしいんですよ! 私が今まで何回監視の隙を付いて抜け出したと思ってるんですか⁉︎ こんな事、今日が初めてですよ!」


目を開いてみると、すぐに答えは分かった。

俺は、車の後部座席に寝かされている。何処走ってんのかなんて知る由もないが、それだけは分かった。

何とか外の景色を見ねばならない。俺は身を起こし、前方の窓から入る景色を見据えた。


「はいはい、そんな自慢げに言う事じゃありません。もうちょっと自覚を持ってもらわないと、今回みたいな事になりますよ?」

「……あんたの方が年上なのに、なんで敬語なんですか?」

「あぁもう幸樹君、寝てなさいって!」


アホか、寝ている場合じゃないんだよ。俺には疑念がある。というか、今日の俺には疑念しかない。


「ってか店長、今日あなた入ってましたよね?バイト大丈夫なんですか? ちゃんと回ってます?」

「そこは、君が気にする事じゃない。一応言っておくと問題無いけど、もっと色々あるでしょ? 聞きたい事とか、疑問とか。」

「なら……ちょっと失礼ですけど、いいですか?」

「はい、どうぞ?」


……聞くのは、少し躊躇われる。数秒の沈黙の後、結局俺は口を開いた。


「あなたが撃ったあの男って、やっぱり……」

「……うん、そうだね。君の想像している事で、間違いはない。

私だって、何も感じないわけじゃないんだけどね。職業柄、そういう事もある。」

「いえ、そこはいいんです。俺だって、その……

あなたが引き金を引かなくたって、俺はきっと、あの人を殺していた。そうしなければならない、っていう覚悟はしていたつもり……です。

でもそれよりも、職業柄って何なんです? コンビニの店長が人を殺すのが職業柄なんて、訳がわからない。

一体、この町で……俺たちの知らない所で、何が起こっているんですか?」


それが俺の、一番聞きたい事なんだ。


「……それを聞いて来るとは、思っていたよ。

私達が何者なのか。私の横にいる彼女はどうして追われていたのか。あの能力者は何者か。

それを教えるには、まず私たちの住処まで来てもらう必要があるね。何を聞くにしても、ここで君に教えられる事ははっきり言ってゼロだ。」

「なるほど。何故ですか?」

「んー、今教えられる範囲でそれを説明するのは結構難易度高いんだけどなぁ……」


それだけ言って、店長は頭を悩ませる。そして少しすると何かを閃いたように頷き、たまたまあったコンビニに車を停め、告げた。


「まあ、簡潔に言い表すなら……

君は見てはならないものを見て、挙句の果てにはその中に突っ込んできてしまった。そういうことになるね。」

「見てはならないもの……ですか。」

「そう。多分君は、私の隣にいる彼女を助けたい一心で行動したんだろう。状況だけを側から見れば、ナンパしてるみたいに見えたでしょう?」


正直、そういう部分はあった。

あの状況を側から見ただけで判断し、軽い気持ちで突っ込んで行ってしまったんだからな。


「それ自体は悪い訳ではないんだけど、なんていうのかな……運が悪すぎたんだよね、君は。

首を突っ込んでいった相手もそうなんだけど、君の特に運が悪かった所が、三つある。」

「…一体それは、何なんです?」


やっとだ。やっと知れる。わずかでも、何かを知ることが出来るかもしれないんだ。


「一つは、君が交戦した相手にある。

あいつは『森 敏夫』。詳しくは後で話すけど、彼には私たちも手を焼いていたの。なんせ、彼自身も能力も優秀だから。特に能力に至ってはアスファルトを盾にされると物理攻撃はほぼ効かないし、逃げても能力の応用でけっこう追ってくるからね。厄介な相手だったんだけどね。」


厄介というか俺、ほぼ死んでたからな。突如として発現したあの謎の能力…あれが無ければ、殺されていた。


「だからこそ私が、銃を使ってしまった。それが二つ目。

君を援護するためには、そしてあの男を確実に仕留めるには、あの隙を利用して弾丸を撃ち込むしか方法がなかった。だけどそのせいで、君には好奇心が生まれてしまったこと。三つ目は、その好奇心にあるの。理解したい、と君は今思っているんだろうけど、それは君を危険に晒すだけなんだ。」


分かったような、分からないような。まあとにかく、俺は何かやばいことの渦、その中に入り込んでしまった。それだけだ、理解できたのは。


「さて、私が言えるのはここまでかな。コンビニ着いたから、降りて何か買おうか。喉乾いたでしょ?」


確かに、数分だが寝ていたせいで口の中が乾いてしょうがない。財布もあるし、それもいいだろう。


「いや、やっぱ待って。

あぁ、優子さん寝ちゃったなぁ……じゃあ、仕方ない。幸樹くん、千円あげるから飲み物三つ買って来てよ。」

「わかりました。何か、希望とかあります?」

「じゃあ私はカフェオレ、五百ミリペットボトルのやつで。優子さんはミルクティーとかあればいいと思う。

残りは君が好きなお菓子とか買いな。」

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」


そうして俺はドアを開け、コンビニの中に入っていった。



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