第一章 第一幕「傀儡を追うは、少年少女」
第一話 「情けない男」
【6/2 16:30】
まあ、なんだかんだでだ。いつのまにか、学校は終わった。
今書いている学級日誌をパパッと終わらせて、教卓にポイしちまえば家に帰れる。
そして次に来るのは、我らが親愛なる放課後。まあ大体の高校生は部活動に勤しむか、友人と遊ぶか、とにかく各々が色々と予定のある事だろう。
しかし、俺はバイトがあるからな。ここに長居はせず、早めに帰る。それが日常だ。
「……しかし、小腹が空いたな。なんか食うかな。」
少し遠回りにはなるが、商店街に入ろう。人通りはそこまでではないが、ここのメンチカツは絶品だ。想像するだけで、脳に幸福感が溢れる程に。
バイトがあると言っても、シフトは18時ごろ。いわゆるところの帰宅部である俺には、時間はたっぷりだ。腹が減っては戦は出来ぬ、とはよく言う話。食ってから行くのも、まあ悪くない選択だろう。
そんな甘い考えの元、俺は商店街の方へと突き進む。
……この後、そして未来で、何が起こるかも知らぬままに。
【16:43】
少しばかり歩くと、見慣れた商店街に着く。まだ人はそこまで多くないが、それゆえか良い香りが漂っているな。揚げたてだ、と直感で理解する。もうすぐそこだと財布を出し、更にはそこから150円を出そうとした所だった。
右の路地から聞こえて来る音、そして声を、俺は聞き逃さなかった。
「いいから……ほら、来るんだよ!」
「いやっ、やめて……ちょっ……待っ……」
そこに目をやると、まあまあ奇妙な光景が視界に入る。
口調と声を聞く限り、高圧的でまあまあ図体がデカい男。そしてそいつに腕を掴まれる、俺と同年代くらいの少女。こんな俺でも、状況は何となく理解できたさ。
……店まで、100メートルも無いんだけどなぁ。
まあ、後でも食える。最悪の場合、無しでも何とかなるだろう。あれは明日も売ってるだろうから、心配無いか。
こういう奴の対処というのは、意外と単純だ。穏便に、即座に済ませる方法もある。
「おっと、その顔は……よぉ、久しぶりじゃねえか! ほら、覚えてる? 俺だよ俺、中村だよ! ほら、中学の!」
必殺、知り合い偽装。あんな感じの男は、大体一人でいる女を狙うもんだ。なんせ、一人でいる女はカモにしやすいからな。
「へ……? あ、ああ、中村! 久しぶり!」
どうやらこいつも、意図を理解してくれたらしい。
面倒事を起こす準備が整った。まあ、普通の奴ならこれで何処かへ行くだろうさ。
「……何だ君は。人が話しているというのが分からないのか?割って入って来るんじゃない、目玉を抉られたいのか。」
「……は、はぁ……」
ヤベえ、恐ろし……助ける相手間違えた……
身長が高い分気圧されるが、それだけでは到底説明できないような威圧感。この野郎、尋常じゃない。こいつ、間違いなくT持ちだ。学校で何人か、こんな感じの雰囲気を出すやつを知ってる。
……とはいえ、こんな危険な状況に対して野次馬根性にも似た正義感で首を突っ込んだのは俺だ。ならば、今更引ける状況ではないだろう。つまるところ、選択肢は残されていない。
彼女を連れ、走って逃げるのみ。だがそれは同時に、俺の独壇場でもある。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。僕は彼女の知り合いでして……」
「何だと? お前のような奴が、この女の知り合いなはずはない! 貴様は何者だ! まさかお前、黒田組の……!」
気をそらしつつ鞄の中に手を入れ、ピンを抜く。3、2、1……
「なんてな!」
「何っ……!? 何だ!? お前、何を飛ばした? それに今、手を触れずに……っ!」
M18
こうなれば成功だ。正直言うと犯罪っぽくて怖かったのでテストはしていなかったが、説明書通りの時間で炸裂してくれて良かった。
「ついて来い、逃げるぞ!」
「ふぇっ!? は、はい!」
さっきのは俺のTも使った、とっておきだ。……と言っても普通に余裕は無いので、雑に手を引いて走り出す。この速度、その上これだけの角を曲がればどこかで必ず転倒したり靴が脱げたりするだろうが、気にする事ではない。どうせ他人だ。
……俺、なんでこういうのやっちゃうんだろうな。赤の他人なんだから、警察でも何でも呼んじまえばもっと……
いや、違うな。警察ではない。もっと戦闘能力が高い奴じゃなきゃいけない。その位には、奴はヤバかった。そんな空気が、感じられた。
などと思索している間に俺たちは結構進んだようで、気付けば大通りまで走って来ていた。考え無しでがむしゃらに走っていたと自分でも思ってはいたが、意外といい位置に来られたな。
「……あ、あの、中村さん……で、良かったですか?」
俺がここからの動きについて考えていると、さっきまで引っ張っていた女が声をかけてくる。こいつ、女のくせによくもまあバテないもんだな?
「あぁ? バカかお前、あんなもん偽名に決まってんだろうが。あんなおっそろしい野郎に名前教えたら、地の果てまで追ってきやがるぜ。
前田だ。前田幸樹。俺の本名はこっち、中村は嘘の名前。」
「じゃあ、前田さん……ありがとう、ございます。」
「おう。お前は俺のことが誰だかは分からんだろうが、まあ信用してくれ。悪いやつには見えないだろう?」
「は、はい……」
話してわかった限りの、この女の精神状態はこうだ。不安と恐怖が半分、安心感と疑念がそれぞれ二十五%ほどといった所。まあ、初対面かつこの状況なら良い方だろうか?
しかし……さっきのあの男、不自然だな。この女……第一印象としては結構気が強そうに見えるんだが。俺があの男なら、もっと別の奴を狙う。気が強い女は、比較的にだがカモにし辛いはずなんだ。
それに、逃げる直前に聞いた『黒田組』という単語……いや、名称だろうか?
組、というくらいなのだから、組織の名称か。それは一体何なんだ?
だとすれば彼女は何かの組織に属している人物であり、そのせいで何者かに追われているという事は理解できる。まあ、その理解の中の肝心な部分に関しては何一つ理解できないのだが。
だが、とにかく今は逃げることが最優先、そのため、彼女と共に現状を確認していく。
「それとな……礼を言うのは、まだ早いぜ。」
そう言って、俺は今まで走って来た地面を指差す。
「なっ、これは……!」
「ああ、足跡が着いてる。それも、硬いアスファルトが沈んでいやがるな。人一人分の重量でこうはならない、間違いなく奴のTだ。」
T、という単語を声に出しただけで、彼女は少し震える。やはりいわゆる
「奴にはじきに足跡を辿られて、追いつかれるだろうな。
ま、だからこそ途中から適当に走ったんだ。たまに格子状の道を一周したりしてやったから、探すのは結構面倒だろうさ。それに、いい事も分かった。」
「いい事、ですか?」
「ああ。途中で何度かアスファルトじゃなく、石でできた道とか木の部分を踏んでたりしてたが、そこは沈んでなかった。奴が干渉できるのは、恐らくアスファルトだけだ。」
「なるほど……結構頭の回転が早いんですね、あなた。」
「そう言ってくれると、まあ有難い限りだよ。そんじゃあ、頭が切れる俺の作戦を聞いてくれるな?」
「ええ。今はそれ位しか、できる事も無いですから。」
【16:52】
……来る。
「さて……やるか。」
彼女は逃がした。一人でも、まあ問題ないだろう。
それより問題なのは……俺か。
「探したぞ、君。」
「来たか、随分と早かったな。予想より二分も早いじゃないか、勤勉も度が過ぎると嫌われるぞ?」
「そんなことはどうでも良い。彼女はどこだ。」
「……さあな。」
実際、俺にも今彼女がどこにいるんだか分からない。なんせルートは少ししか教えず、地図を渡して目的地だけを教えたからな。
「そうか。とりあえず、君の私に対する態度は理解した。
実を言うとな、私には分かっているんだよ。彼女の位置は。」
「……何だと?」
「冥土の土産に教えてあげよう。私の能力、Tというやつだ。」
奴がそれだけ言い終わった直後、その背後から何かがせり上がる。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁっ!」
「驚いたかな?私の能力は、“アスファルト”を操れる。その能力で、壁を作ったんだよ。しかも質量保存の法則を無視して、大量に作り出すこともできる。
君におちょくられて、少し気分が悪いんだ。遊んでやる。」
そんな言葉を、聞いた瞬間。ヤバい、と直感で分かり、右に身を逸らす。
するとさっきまで俺の上半身があった場所には、アスファルトでできた触手のような物体があった。
「ほぅ、随分と勘がいいじゃないか。その機械にも似た反応に機敏な動き、気に入ったよ。どうやら君、結構優秀なようだ。
我々の仲間にしたい所だが……なってはくれないようだからね。
これから君を嬲り殺す。組織の情報を吐いてくれれば一石二鳥というやつだから、バンバン吐いてくれて構わないからね。」
「……そこだ。そこが分からない。」
「ん? 何が分からないって? 授業の後に先生に質問する訳じゃないんだ、発言には気を配れよ。」
「『組織』ってのが、分からねえ。黒田組って何だ? あの女もその一部なのか?
そうだとしたら、なんであんたがそいつを狙う? あんたも、他の何かの組織の一部なのか?」
「……マジ? 本当に知らない感じか?君。」
「当たり前だ、俺は通りすがりの一般人だぞ? 正義感に燃えて、か弱い少女を助けただけのな。」
「……そうか、そういう言い訳か。ならもういい。この期に及んでそんな安い言い訳をする奴からは、情報は得られそうにない。
死ね。出来るだけ、素早くな。」
さっきと同じような触手的な何かが、何本も何本も出て来る。
回避できる自信はない。回避しても、その後はどうしようもないとはいえ彼女も、まだ目的地に着いてはいないだろう。
死を、無価値な死を、感じる。
「……何だ? おい、おかしいぞ?」
男は突然、こめかみの辺りに手を当てる。その表情と雰囲気は明らかに、困惑した者のそれだった。
その次に流れたのは、連続した高い電子音。
俺は、その音を、よく知っていた。
「……勝った。」
その言葉をしまっておく事は、もう俺には出来なかった。
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