第二話 「逆転、そして急転」

【16:59】


「……十分、経過だ。残念だったな! お前はもう彼女を追えない! この勝負、俺の勝ちだぞ!」

「捉えられない⁉︎ 能力で、捉えられないぞ! バカな、どうなっている!」

「お前の負けだ。俺に勝ったとしても、お前は目的を絶対に達成できない。

それにしても……けっこう危なかったな。十分、ギリギリだ。場所わからんのなら、仕方ないか? いや、それにしてもだが。」

「なっ……⁉︎ 」

「ああ、教えてやろう。

今までお前が追っていた女が居るのは、鉄橋の上だ。そこなら、お前のTは届かない。鉄の橋、と書いて鉄橋な訳だからな。アスファルトなんて存在しない。」

「……なるほどな。この辺りの地形を考えていなかった。橋の上ではもちろん、そこから出たとしても、どのタイミングで出たのかなどわからない。その上、靴底など同じような物は大量にある。追うのは不可能……と、いうことか。」


正解。こいつは、チェックメイトに足を踏み入れたのだ。

本当に、ギリギリの戦いだった。だが、奴はもう目標を達成できない。少なくとも、奴の勝ちは無くなったのだ。


「ふっ……ふははははははは! 面白い、面白いぞ君は!」

「はいはい、そりゃどうも……。」

「いいだろう、俺は君を殺して彼女を追う。恐らくは、鉄橋の向かい側にいるのだろうからな。だがその前に、君の能力を見せてみてくれ。興味があるんだ。」

「……マジかよ、お前。正気か?」

「ああ、正気だとも。そこまで頭が回るんだ。さぞ、強いんだろう?君の能力は。」


論理的じゃねえ……が、こいつはそういう事言って理解できるタイプでもねえ。


「……正直、お前が思ってるような強い奴じゃない。それにつまんねーけど、良いか?」

「ああ、良いとも。とにかくやってくれたまえ。」


……嫌なんだけどなぁ……こういうの。

俺が何でこの学校に入れたのか、正直数ヶ月経った今でも分からん。

俺は、元々は普通の私立高校に行くつもりだった。能力を伸ばしてもいいが、T能力専門の学校に行った所で、たかが知れている。そう考えての判断だった。

だが、何故かこの学校からラブコールが来た。自分でも、理由は知らん。全くの予想外だった。だが幸運にも、俺に行けないような学力の学校ではなかった。それに、行かない理由も特に無かった。

頭で入れた訳じゃない。だが、能力でのそれとしてもよく分からん。俺の能力に、そこまでの価値はない。そのくらいなんだ。


「……まあ、いいか。見せてやるよ。」


俺が彼にそう言うと、男は期待の目で俺を見た。それが全くの無駄であるにも関わらず。

精神を集中させ、相手をしっかり見つめる。

いつも通りの、世界に干渉する感覚。そしてその感覚のままに、能力を発現させると…!

近くにあった小石が浮き上がり、数瞬の間空中を飛翔した。いや、その言葉は贅沢すぎるだろうか。弱々しく、ひょいと跳んで行ったという方が正しい表現だ。


「……残念だったな。これだけの能力で。」

「おいおい。お前、これだけな訳がないだろう。もっと他にできんのか?何か、無いのか?」

「ある訳ないだろ? 俺にできるのはこんなもんさ。」

「冗談だろう? 攻撃に使える訳でもないし、日常生活にも役に立たない。これをどう使うというのだ?」

「そう。どうしようもない、クソみたいな能力。いっそ無い方がいい位さ。お前みたく、無駄な期待をする奴がいるからな。」

「そうか……その程度の能力では、お前も大変だな。だが、分かった。もう十分だ。」


そう言われた直後、真下の地面から触手が伸びる。アスファルトでできた触手、間違いなくこいつの能力だ。

首を掴まれ、そのまま締め上げられる。


「く、そ……! けど何となく、こうなると思った……!」

「もう用済みだ。おつかれさま、と言いたいが……地獄はこれからだ。お前には恨みができたからな。楽には殺さん。」

「この野郎、言う事コロコロ変えやがって……!」

「黙れ! そして、とっとと死ね! 俺の誇りを、これ以上汚さんためにな!」


死。それを再び自覚した瞬間、まず襲ってきたのは後悔の雨だった。

こんなバカな事、しなけりゃ良かった。こんな学校、受けるんじゃなかった。こんな能力、持たなけりゃよかった。そんな無意味な後悔ばかりが、脳を駆け巡る。

そして脳を駆ける中、次に来たのは走馬灯だった。余りにも陳腐だな、と思いながらも大人しく見るしかない。

幼稚園の頃の記憶、能力への初めての邂逅、T診断テスト……

いや、待て。何かがおかしい。

ああ。確かに、俺はT診断テストを受けた。Tの種類、できる事、その他必要な事のデータをとるテスト形式の診断。

だが、脳波を少しばかり検査されただけだ。俺はそれ以外には何もしていないし、されていないはずだ。

第一、何だこの能力は? 確かに俺のそれと似てはいるが、出力というか何と言うか……とにかく、桁違いだ。

これは、俺の記憶じゃない。だが、走馬灯で他人の記憶が出ることはあり得ない。そもそも、完璧に他人の記憶を再現する事はできない。さらに言うなら、そんな診断の結果は受領していない。誰だ? こいつは一体、誰なんだ?

謎が謎を呼ぶ中、意識は無情にも暗転に近づく。

いや、待て待て待て待て。こいつは一体誰なんだよ? 何で俺に知らない記憶があるんだよ? なんで受けた記憶があるはずのT診断テストの記録が無いんだ!

俺の生への欲望に反比例するように、首への締まりが段々と強くなる。あの男が何か話しているようだが、もう聞こえやしない。

ふざけんな、こんな所で死にたくない! 疑問だらけで死にたくない、死にたくない、死にたく……

ない、と心で叫んだ瞬間、突然首元が軽くなる。

そのうえ宙に浮いていたのが、いつの間にやら地面に降りているみたいだ。


「……なんだ、離してくれたのか? そりゃありがたいんだが、何で急に?」

「お前……お前の、その……その能力は、何だ!」


何故かそいつは、俺の下の方を指差す。


「なんだよ、俺の能力は……」


下を、ふと見てみただけなんだ。自分では出来心のつもりだったんだ、本当に。何故こんなに驚いているのか、それだけでも知りたかった。

だって、こうなっているなんて思わないじゃないか。

まさか……そんな、まさか……


「何で、地面ごと消えてんだよ……⁉ 何で、こんな……バカな……」

「バカな、じゃないぞ!お前がやったんだろうが!」


……俺が? これを?

頑強なアスファルトが、粘土に指を突っ込んだように大きく抉れているこの光景を?

さっきまで俺の首元を覆っていたアスファルトの塊が、一瞬それとは分からないほど粉々に砕けているこの惨状を?


「……冗談。誰かが俺の事を助けてくれたんだろ? ほら、先生の誰かが見回っていたんだ! 居るんだろ、その辺に! 礼をしたいんだ、出てきてくれよ!」

こんな惨状が、俺にできる訳がない。

辺りの建造物には何の被害も無いのに。

何で、直線上の何もかもがめちゃくちゃになってやがる?


「馬鹿なことをやっているんじゃない! お前がやったのを、俺は確かに見たんだぞ! どうなっているのかと聞いている!」

「い、意味わかんねえよ! 俺だって!

わかったよクソ! いいか? 俺の能力をもう一度だけ出す! そうすれば、俺がした事じゃ無いって証明できる!」

「なっ……畜生が! 来い、来いよ! 私の能力は、耐久性も変更できる! ダイヤモンドよりも硬いアスファルトの完成だ! お前にはこれは絶対に破れん!」

……破れん、とか言っときながら3枚も出すのか。

まあいい、少し試してみよう。ただし俺も人が肉塊になる姿は見たくない。無いとは思うが、もしもの為だ。念には念を入れて、弱めに打ち込んでみる。

集中、集中……


「……は?」


今度は、完全に停止した。

ふざけやがって。一体何なんだ? この力は。使用者は俺なのに、自分でも訳分かんねぇ。


「ふ……驚かせてくれる!だが、お前もそれが何なのかよく分かっていないようだな!ならば、くたばれ!自分の能力をも理解できないバカが!」


……まあ、確かに少しイラッと来た事は認める。だが、それ故の行動が間違いだった。

少し、ほんの少しビビらせてやろうとしたのだ。


「っざけんな!」


また、直線だ。今度は貫通を重視したおかげで、あまりブチ壊れてはいないようだ。

だが……貫通した物がダメだった。


「があああああああああっ! うっ、あぁっ、がぁあああああ!」

「……んなっ、マジかよ……」


こいつの腕と引き換えに、よく理解した。俺は、自分の能力の制御がついていない。パワーに振り回されている。

貫通したのは、男の腕だった。腕に、ピンポン球くらいの風穴を開けてしまった。


「お前……お前、お前、お前!ガキだと思っていたら……!

許さん、やはりお前は嬲り殺しだ!」


これは……俺が、やっている。やっているんだ。


「制御が効かない、か。あんまり否定はできないらしいな……!」

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