第19話
「これから二人はどこへ?」
ケイジが言った。もう三人全員自由である。また捕まらない限りは。コウは村を離れて別の住処を探しに行くという。「川伝いに行けば何かあるだろ」と楽観的だ。僕はもちろん、アンネを救出しなくてはならない。だから村に戻る。と宣言したら、二人は少し引き気味に頑張れよと突き放した。
見張りの体も消えたことだし、日も暮れてきた。動くなら今しかない。ケイジは迷った結果、しばらくコウについていくと決めたようだ。
「二人とも」
さあ目的地も決まってそろそろ解散、という時に、僕は枯れた声で二人の背中に呼びかけた。
「ありがとう。コウとケイジが何してあそこに入ってたかは知らないけど、二人があそこにいてくれて本当に良かった」
二人は顔を見合わせ、「お礼言われちゃったよ」と笑っていた。コウの方が少し背が高いんだな。
餞別に、と、錆びたナイフを貰った。ギリギリで僕の手に収まる、大きめのナイフだった。ショートパンツに入れても、錆びているから足に刺さらない。僕は森の、元来た道を戻り、村へと向かう。
暮れかけた日が赤く、熱い。傾いていく太陽とは別に、輝くような光源がある。木で作られた、歪な家屋。物置や住居に火が絡み巻きつき、炎は村中に撒かれたかのようだった。
村が、燃えている。逃げ惑う人の声がする。何人もの悲鳴が聞こえる。僕は前にもこの光を見たことがある。誘われるように僕は炎の中へと足を進めた。とても熱い……ジリジリと肌が焼かれて、気道まで燃えていく。
どこかにいるはずなんだ、アンネが、どこかに。僕は逃げる人々に振り向かれながら、アンネを探す。村人達は僕の姿を見てぎょっとしているようだった。凶悪殺人犯だからか。そんなことはどうでもいいんだ!
村は全体がまんべんなく燃えていた。林檎のなっていた果樹園、薪割をした材木所、どこも赤い炎で包まれている。アンネがいるんじゃないかと思って、僕はモールスの家に向かった。ここが一番炎が強い。人も誰もいない。そんな中で、僕は一人の少女を見つけた。探し人ではなかった。なぜならその人は両足で立っている。血で黒く汚れたベッドの脇で、静かにたたずんでいる。そして振り返り、言った。
「お帰り、お兄ちゃん」
僕は現実がとても受け入れられなかった。その人はアンネだった。アンネに足がある。混乱する僕の手を引いてアンネが家の外へと連れ出した。そのタイミングで家は倒壊する。村はほぼ壊滅状態だ。
「アンネなの?」
アンネは炎に照らされた魅力的な笑顔でもちろん、と答えた。その足はどうしたの、と尋ねたが、声が震える。死んで生き返ったの。こともなげに彼女は言った。うん、それで、その足は、と僕は現実を受け入れられない。アンネに足があるというこことが理解できない。いや、理解したくないのだ。
「私、この世界に来てから足をなくしたの。城を歩いてたら、突然蹴り倒されて……誰もいなかったのに……そして足がなくなって、塔に閉じ込められてた」
アンネは所々言い辛そうに説明してくれた。五体満足の美しい体で、炎の中を駆ける。僕は黒く焼け爛れた肌で後を追う。村人が集まっている所を避けて、森の中へ。
誰もいなかったというのは、十中八九マルタだろう。残酷な少女だ。僕のことも竈で焼いた。そうか、そうだったのか。アンネは死ねば五体満足だったのだ。ただ死ぬだけで。それなのに僕は。
なんてことをしてしまったのか。させられたのだ。僕は騙された。僕は、僕は……僕の妹は、僕と同じくらいに可哀想でなければいけなかった! そうでなければ僕の心が耐えられない。僕の中でアンネの価値がどんどんと下がっていった。だけどアンネは嬉しそうに、「ここまで焼けば、村はもう」と微笑んでいる。口ぶりから、この大火事はアンネがやったのだろう。それだけ村を恨む気持ちは、僕にもわかるけれど。
僕の中で何かが大きく変わった。アンネは元々、僕の妹ではない。たまたま彼女が兄を求めている所に、妹を求める僕が巡り合っただけだ。偶然が引き合わせたものだった。しかし、今まではそれで上手くいっていた。彼女も僕も傷が深かったから、怪物だと村で陰口を叩かれていた仲間だったから。これからは違う。いや、これまでも、本当は大きく違っていたんだ。
揺らめく炎を眺めていたら、僕は生前のことを思い出した。出られないようにされた部屋、燃えていく家、いつも僕だけが殴られる家庭。僕がいなくなった後には、妹が僕の代わりになっているのではないかと思ったのだが。
「城へ行こう」
ふいにアンネがそう言った。城で酷い目に遭っているのに、なぜ? と思ったが、説明はすぐにあった。
「楽園を目指すの。城の地下迷宮に、女神がいるんでしょう? もう行き場はそこしかないわ」
彼女はすぐに出発しようとする。そこに僕の本当の妹はいるのだろうか。いるかもしれない。僕は……妹を探している。
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