第18話
村を歩いていたら中々大きな石を投げられた。頭に命中する。振り向いて確認すると投げた男の子は嬉しそうにガッツポーズをしていた。痛かった。
僕はショートパンツとぼろ布だけを纏っている。包帯は無くなり、また怪物と呼ばれる姿に戻った。縄で引かれて僕は歩く。心の中で絶叫が嵐を作っている。思考がまとまらない。
強い破壊衝動が僕を、僕という皮をぶち破って全てを壊しそう。僕はもう、そうしているつもりなのだ。ただ、僕がまだ人の形をしているから、暴力が形にならないだけ。
死んだアンネが蘇ったら、あの檻に一緒に入れられるのだろうか。三人でも苦労している狭さなのに、四人目は入らないだろう。釈放されることはあるのだろうか? なさそうだけど。
今日は少し遠くまで歩く。この村以外の集落があるかどうかを確かめる。それから、森をうろついている獣の退治。危険なことをやらされることが多いけど、僕は別に普通に頼まれたってそれくらいやるのに。やらされている、ということが、僕にとっては屈辱だった。
先頭を、縄を引く見張り一人、続いて僕、ケイジ、コウ、見張りという順に一列に並んでいた。犬小屋住まいの三人は両手を前にひとまとめにされている。これで何ができるって言うんだ。縄は最後尾の見張りが腰に巻いている。僕らはあのピクニックの日のように気持ちの良い木漏れ日を受けながら、黙々と歩いた。
道の途中で、トーマスとメグの姿を見つけた。じっと見ていたら、視線に気付いたのか、トーマスは怯えた顔をしてメグを僕の視線から庇った。
僕にも同じものを頂戴。守るべき妹。
崖を見つけた。森から少し距離がある。でも一応危険だということで、見張りは手元の地図に印をつけていた。ここまで歩いてくると、この世界は案外広いのだなぁと思う。村に辿り着けない子供がいそうだ。所々に子供の死体が転がっている。木から垂れ下がっていたりする。
うううう、と獣のような声が聞こえたと思ったら、ケイジだった。この人はよく頭がおかしいふりをするので、またかと思う。何かに苦しんでいる様子で、前傾姿勢で絞り出すような声をあげていたと思ったらいつの間にか叫んでいて、僕を突き飛ばした。
僕はよろけて、先頭の見張りの人にぶつかり、その人と共に崖を落ちる。体が空中に投げ出される感覚が怖くてゾッとした。だけど両腕が思い切りグンッと引っ張られて、肩と手首の痛みとともにそうか縄で縛られてたんだと思い出す。少し下を向くと、先頭の見張りの人が青い顔で縄にぶら下がっている。縛られているわけではないから、ずるずると手が滑っている。少し嬉しくてニヤついた。手首は痛いが。
「レネだけ助けろ!」
「レネ、蹴れ! 先頭の奴突き落とせ!」
僕はコウの指示通りに見張りを蹴った。見張りはやめろと怯えた声で言っていたけど、蹴れ、もっとレネ! という声援に応えて、鳩尾を何度も何度も蹴り上げる。やめろお前達、と最後尾の男が慌てて止めた。手首が痛かったのが少しだけ楽になった。見張りが一人落ちていく。悲しそうな顔をしていて、胸が痛んだ。
僕はコウとケイジに引き上げられて、崖の上に戻ることができた。上手くやれたと二人は上機嫌だ。
「お前達、許されると思っているのか!?」
ロープを腰に巻いた見張りが一人で騒ぎ始めた。コウはニヤニヤしている。三対一だ。
「レネごめん、大丈夫?」
ケイジが僕を気遣っている。おかげさまでね、と言うと綺麗に笑った。
そして彼は崖に垂れ下がっているロープを引き上げ、器用に僕の手の結び目を解きにかかる。やめろ! と見張りが手を伸ばしてきたが、コウが動く方が速かった。何の拘束もされていない足が見張りに足払いをかける。コウはやけに喧嘩慣れしていたけど、見張りの方も全くの初心者ではないようで、転んでも受け身をとり、すぐに立ち上がった。ケイジは固く結んであるロープを解きつつ、舌打ち混じりに「コウ引っ張んなよ」と呟いていた。
生き残っている見張りの男は、自分の腰にロープを巻いているので、先頭だった男のように突き落とすことはできない。コウもそいつも既に臨戦態勢だが、お互いを縛るロープの距離が近い。こちらは腕が使えない分、あちらは人数差の分、お互いが……怖いんじゃないだろうか。
(僕は思い出した。暴力は、怖いから行うものなのだと)
(僕は怖かった)
コウが縛られたままの腕を振り上げて見張りの男の頭に振り落とした。大振りな攻撃は細かく避けられて、でも避けたその先に足がある。見張りの男は逃げようとするが、コウが繋がっているロープを下側に引き、バランスを崩したその男の顔面にコウの膝蹴りが入った。白い歯が何本か抜けて地面に転がる。僕の手首の縄が解けた。一人自由になった僕は、呆然と呻いている見張りの男を眺めていた。その鳩尾を蹴り上げながら、コウが僕に「でかい石を持ってこい」と命令した。
ケイジは見張りの男がズボンのポケットに手を伸ばし、その先で何かが光っているのを見つけた。光っているものは、少し錆びたナイフ。ケイジはすぐにそれを奪い取り、酷く嬉しそうな、陶酔とした顔をした。僕は人の頭くらいの大きさの石を持ってきた。「いいね」とコウは笑った。僕達三人は勝利を確信した。
コウがうつ伏せの男の背に座り、ケイジは自分の手首をロープから解放しようとナイフでギコギコと切っていた。なぜ逆手なんだ。この人時々コウより怖いな。僕は石を男の頭上に掲げ、コウの顔色を伺った。彼は思いの外優しい表情で、まるで悪戯を仕掛けるように口の端を吊り上げて、親指を下に向ける。落とせ、と。
ゴシャ、と頭が潰れる。スイカ割りって、あれ綺麗に真っ二つになんてならなくて、グチャッと割れるのがスイカなんだよね。だからやっぱり人の頭部はスイカみたい。少し血が出た程度だから、僕は本当にこいつが死んだのか気になって、石で何度も頭を潰した。その場に座り込んでゴンゴンと。コウはケイジからナイフを受け取り、自分の縄を切り出した。満足そうに座っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます