第49話 卒業するまでなら待ってあげるにゃ。

「手加減はしないぜ?」


 柔道衣の帯を締め直しながら、加藤が言った。

 塔矢よりも少しだけ加藤のほうが身長が高く、体型もがっしりしていた。

 それは高校3年間、ずっと柔道を続けていたせいもあるだろう。


「わかってるよ」


 逆に塔矢は高校では帰宅部だったこともあり、平均よりは筋肉質ではあるが、加藤には見劣りした。

 それだけ見ても、塔矢の方が不利なのは桃香にもわかった。


 柔道部の顧問に許可をもらって、高校の道場を使わせてもらっていたが、この場にいるのは加藤と塔矢、それと桃香の3人だけだった。


 ふたりは集中力を高めながら、しっかりとストレッチをする。

 身体が温まったころ、加藤が声をかけた。


「……そろそろ良いか?」

「うん」


 塔矢が頷くと、礼をして試合場へと足を踏み入れた。

 続いて加藤も前に進み、心配そうに様子を見ている桃香に声をかけた。


「熊野さん、開始の合図してくれないか? 向かい合って礼をしたら、『始め』って言ってくれるだけでいいから」

「う、うん。わかった」


 その後、ふたりは中央に設けられたテープの位置に進んで向かい合い、お互いに礼をする。

 それを見て、桃香は戸惑いながらも、はっきりと通る声で叫んだ。


「――始めっ!」


 ふたりは両手を前に出した構えで、お互いの隙を窺う。

 3年ぶりの試合とはいえ、以前は毎日一緒に汗を流して練習をしていたのだ。

 癖なども知り尽くしていた。


「ふっ!」


 加藤がひとつ声を出して気合を入れる。

 それを塔矢は冷静に見ていた。


(元々不利だけど……長引くともっと不利だ。最初の一発で行くしかない)


 練習不足の体は、長い時間の試合だと持たないだろう。

 そう考えると、塔矢にとっての勝機は、加藤の投げ技をかわしてからの寝技しかないと思っていた。


 逆に加藤もそれを塔矢が狙ってくることを予想していた。


(……塔矢の狙い通りの展開に乗って……ねじ伏せる!)


 お互いじりじりと近づき、間合いに入ると、相手の柔道衣を掴もうと攻防を繰り広げる。


(ちっ! やっぱセンスあるな……)


 加藤はなかなか掴ませない塔矢に対して、心の中で呟いた。

 中学の頃から、塔矢は地味な努力をしつつも試合勘の良さが光っていたことを思い出す。


 逆に塔矢から見ても、やはり3年間加藤が続けてきて、多くの強豪と戦ってきた経験を肌で感じた。


(厳しいな……。なら……)


 良い条件で試合を進めるのは難しいと考え、塔矢は敢えて片襟を加藤に取らせた。

 それに合わせて、自分も加藤の襟をしっかりと取る。


 投げ技の得意な加藤の気迫につい腰を引きそうになるが、それを堪えて、塔矢は力一杯襟を引き付けた。

 しかし、体格に優る加藤に、逆にバランスを崩されそうになる。


「――ふっ!」


 その動きに合わせるように、加藤の体が反射的に動く。

 それは塔矢が誘った動きだった。そうすることで、加藤が無意識に得意の大外刈を仕掛けてくることを知っていたからだ。


「くっ!」


 塔矢は必死で踏ん張って、投げられまいと耐える。

 加藤の弱点は、この得意の大外刈のあとに僅かな隙ができることだと、塔矢は知っていた。


 しかし――。

 加藤の技のキレが塔矢の想定を上回り、塔矢はそのまま背中から畳に落とされた。


 ◆


「……完敗だね」

「塔矢、大丈夫か?」


 背中から大の字に寝転がった塔矢に手を伸ばしながら、加藤は心配そうに声をかけた。


「もちろん。……明日筋肉痛になりそうだけどね」


 加藤の手を取って体を起こしながら、塔矢は苦笑いする。

 もともと厳しいとは思っていたが、せめてもう少し何とかしたかったのが正直なところだった。


「まぁ、あれを耐えられたら、俺の負けだったろ。3年前、同じパターンでやられたからな」

「よく覚えてるね、そんな昔のこと」

「はは、忘れるもんかよ。……これで一勝一敗だな」


 試合場から出ながら、加藤は笑った。


「……一勝一敗?」

「ああ、この前俺が高橋先生に操られたとき、止めてくれたのは塔矢だろ? ま、俺は何も覚えてないけどな……」

「それはそうだけど……あの時の加藤は意識がなかったからね。今日とは全然違うよ」


 塔矢はその時のことを思い返す。

 加藤が仕掛けてきたのは同じ大外刈だったが、技のキレは段違いだった。


「そうか。……それでも負けは負けだよ。それで良いじゃないか」


 そう言って加藤は塔矢に右手を差し出した。

 塔矢はその手をしっかりと握る。


「うん。……ありがとう」

「礼を言うのはこっちだって。……悪かったな、俺の自己満足に付き合わせて……」

「ううん、僕も最後に加藤と試合できて良かったよ。良い思い出になった。……残りの高校生活もよろしく」


 握った手を離したあと、加藤は笑った。


「もちろん! 秋には文化祭もあるんだぜ? 最後に何か楽しいことやろうぜ」


 ◆


「あっさり負けちゃったよ、ごめん」


 食い入るように試合を見ていた桃香の前に立った塔矢は、苦笑いしながら言った。


「ううん。……相手はあの加藤くんだよ? 塔矢くんも格好よかったよ」

「はは、桃香の可愛さには全然及ばないよ」


 そう塔矢が茶化すと、桃香は頬を染めた。


「……もう。うまいんだから。……帰ろっか?」

「そうだね。すぐ着替えるよ」


 道場の片付けを加藤に任せて、塔矢はすぐに更衣室で制服に着替えると、外で待っていた桃香のところに急いだ。


「お待たせ」

「ん、行こ!」


 そしてふたりは並んで道場を後にする。


「今晩は私が夕食作るから、楽しみにしててね」

「うん。……桃香の家に泊まるのって初めてだから、ちょっと緊張するよ」

「にしし、だいじょーぶだよ。近いうちに塔矢くんの家にもなるんだから」


 桃香が白い歯を見せて笑った。


「やっぱ、式は神前式になるのかな?」

「もちろんだよー!」

「それと、近いうちって……桃香の想定だといつくらいなの?」

「んー、もう私たち18歳なんだから、いつでも良いんだよ? 私は明日でもいいよっ!」

「いやいや、それは……。さすがに高校生のうちはちょっとね……」


 塔矢の話に、桃香は口を尖らせて不満そうな顔をした。


「仕方ないにゃ。それじゃ……卒業するまでなら待ってあげるにゃ」

「……それは助かるよ」


 塔矢は苦笑いしながらも、猫真似をして頬を撫でてくる桃香をぐいっと抱き寄せる。

 一瞬驚いた顔を見せた桃香の唇に、塔矢は顔を寄せた。


 ―― 完 ――


【あとがき】


 最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

 一旦完結とはなりますが、この作品はまだ続きを書く予定です。

 今のところは、二学期の文化祭を舞台にした話にしたいと思ってます。

 おっと、そういえば……桃香はカラオケが得意だったはず。確か……。(第2章参照)


 クラスに溶け込んだ彼女がどんな文化祭を迎えるのか。

 ド定番のメイド喫茶はあるのか、ないのか⁉︎

 そもそも水族館行くって約束はどうなった⁉︎

 ……まだ全く何も考えてません(笑)


 いずれにしても、充電期間を設けますのでしばらくお休みします。

 ここまで読んでくれた方が絶対に満足できる話を書きますので、少し待ってもらえると嬉しいです。


 最後に、もし少しでもお気に召していただけたなら、お手間だとは思いますが是非★評価をよろしくお願いします。

 改めて……本作品を最後まで読んでいただいたことに感謝します。


 ……ついでに作者フォロー&別作品も読んでもらえると更にありがたいです。(図々しい笑)

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