主人公を管理する系ヒロインに愛されて仕方が無い

三流木青二斎無一門

第1話

佐夜鹿さよしかさん、俺はあんたを選ぶ事にするよ」


狗神いりがみ仁郎じんろうは一人の女性を指名した。

その言葉を受けて、平然とした様子をする一人の女性。

栗色の長髪が揺れる、ゆっくりと、紫色の瞳を此方に向ける。

品定めをする様に、着物服姿の彼女は狗神仁郎を見た。


「そうですか、貴方は私を選ぶのですね?」


佐夜鹿紗々さしゃは、先程持ってきた料理をテーブルの上に置いた。


「あ、あぁ…宜しく頼むよ」


狗神仁郎は彼女の顔を見て言う。

手に嵌めていた手袋を脱ぐ佐夜鹿紗々。

じろりと、狗神仁郎を見つめて。


「…分かりました、では、これから宜しくお願い致します」


吟味を終えたのか、その一言を残して踵を返す。


「では、まだ料理を持って来ますので」


そう言って、佐夜鹿紗々は離れた。


「お、おう…」


狗神仁郎は拍子抜けした。

もう少し、感情と言うものが出るものだと思っている。

だが、彼女の反応は希薄だった。


「…ねぇ、仁ちゃん」


狗神仁郎に話し掛ける声があった。

それは、ベストを着込んだバーテンダーの様な男性だ。

髪を一括りにした花露辺諭亮は、狗神仁郎に助言を行うのだった。























「花露辺さん、何すか?」


「いえ、大した話じゃないのよ」


狗神仁郎は花露辺諭亮に顔を向ける。

大した話ではない、と前置きしたのだろうが。

大した話で無ければ、こんな前置きはしないだろう。


「紗々ちゃんの事だけど」


佐夜鹿紗々に対して、花露辺諭亮は言う。

元々、花露辺諭亮と佐夜鹿紗々は同じコンビだった。

それは、狗神仁郎も知っている事だ。


「何か、忠告でも?」


無言となる花露辺諭亮。

やがて、彼は話し出した。


「私と紗々ちゃんが同じパートナーだったのは知ってるでしょう?」


狗神仁郎は頷いた。


「私は、きちんとしていたから、あまり紗々ちゃんの手を煩わせなかったけど…」

「仁ちゃん、あなたはあまり生活に慣れてないから乱れがちじゃない?」


狗神仁郎の私生活など見た事は無いだろう。

だが、大体の予想でも、花露辺諭亮の言っている事は当たっている。


「パートナー相手だと、管理しがちなのよ、あの娘」

「だから…少し、厳しい所もあるけど、嫌いにならないであげてね」


元パートナーである佐夜鹿紗々の事を想い、頭を下げる。


「別に、嫌いとか、そういう話じゃないですよ」


狗神仁郎は、花露辺諭亮に語った。


「仕事をする上で、佐夜鹿さんが必要だと思ったから」

「だから俺は彼女を選んだに過ぎない」

「むしろ、申し訳ないっすね、俺が一番、上等な人材を引き抜いた事に」


軽口を叩く狗神仁郎。

それを聞いてしまえば、花露辺諭亮は安心した。


「そんな言葉が出るのなら…大丈夫そうね」

「まったく、杞憂だったようね、ふふ」


微笑みを浮かべる花露辺諭亮。

そう会話をしている内に、再び部屋に佐夜鹿紗々が入って来る。


「お待たせしました、豚の丸ごと焼きです」


そう言って、大きな皿に乗せられた料理を前に出す。

湯気が立つ、香ばしい香辛料の香りが鼻を擽る。

飴色に焦げた子豚の肌が、また食欲をそそらせた。


「まあ、美味しそう、それじゃあ、いただくわ」


そう言って花露辺諭亮や、他の社員が料理に手を伸ばす。

狗神仁郎も彼女が作ってくれた料理を食べようとして手を伸ばすと。


「狗神さん、貴方は御遠慮下さい」


と、狗神仁郎の手首を掴んで、引っ張った。


「あ?」


何故、と疑問を顔に浮かべて、佐夜鹿紗々に顔を向ける。


「既に一日の摂取カロリーを超えています、これ以上は許容出来ません」


「え、いや…」


そんな事を言われても理解出来ない。

まさか、と狗神仁郎は自分の考えを彼女に言う。


「俺の摂取カロリーを数えてたのか?」


「貴方だけではありません、全員です、無論、目の届く範囲ですが」


一口から摂れる栄養源や熱量を、佐夜鹿紗々は記録していた。

普通の人間では、中々出来る事ではない。

いや、優れた人間でも、その様な真似などしないだろう。


「私とは関係の無い人ならば、態々口にする事もありませんが…」

「私を選んだと言う事は、つまりは対等の関係です」

「であれば、口を出させて頂きます」


だから。

これ以上、余分な食事をするべきではないと。

佐夜鹿紗々の目が語り掛けていた。


咄嗟に、狗神仁郎は、花露辺諭亮の方に顔を向ける。

すると、花露辺諭亮は目を逸らす。


「(言ったじゃない?彼女は、そういう娘だって)」


心の内で花露辺諭亮は言う。


「(そこまで言ってないんすけど)」


心を読んでいるかの様に、狗神仁郎も心の内で言うのだった。





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