八十五輪目
意外、というと失礼かもしれないが。
冬華の住む部屋は少し広いワンルームであった。
タワマン最上階のワンフロアみたいなイメージを抱いていたが……。
「広いところに一人で住んでも掃除が大変だし、寂しいだけじゃない。防犯がしっかりしていればこれくらいで充分よ」
「……確かに」
漠然とした、お金持ちの人が住むイメージであったが。
実際にああいったところに住むのは憧れを持っていた人か、コンプレックスを抱いていた人、みたいな話をどこかで聞いたような。
「あ、コート預かるわよ」
「ありがとう」
「飲み物を持ってくるから、適当に座って待ってて」
「あ、うん」
邪魔にならないところに荷物を置いてソファへと腰掛け、なんとなくテレビをつけたが。
やはり興味から部屋の中をキョロキョロと見回してしまう。
家具の配置やデザインは調べたら出てきそうなほど模範的な感じでスッキリとしているように見える。
今日、自分を家に呼ぶから綺麗にしたという感じはなく、普段からマメに掃除をしているのだろう。
ぬいぐるみなどの小物もあるが、それらもきちんと整頓されていた。
「…………」
夏月さん、秋凛さんに続いて三人目。
部屋までノコノコ……ではないにしても、やってきたからには食べられてしまうのだろうか。
期待してしまっている自分がおり、変わったこの世界にも慣れたというべきか、毒されたというべきか。
いまだに変わったきっかけを考えてみてはいるものの、これといって答えが出るわけでもない。
いつから変わったのか分からない上、それに日が経ち過ぎていている。
衝撃的な出来事も多かったせいで記憶が薄れつつあるのも仕方ないだろう。
高瀬さんと会った時にはもう変わっていたとすると、半年ほどになるのだろうか。
「お待たせ。優はお酒じゃなくてジュースでいいのよね?」
「うん。ありがと」
冬華がトレイに飲み物と軽くつまめるものを乗せて戻ってきた。
低めのテーブルなのでソファからカーペットに敷かれた座布団へと移動し、配膳を軽く手伝う。
「改めて、誕生日おめでと」
「ふふ、ありがと」
カシスも置いてあったらしいので、途中からは自分もジュースで割って飲みながらノンビリとした時間が続いた。
初めは角を挟んで座っていたが、つけていたテレビの話題に触れてからは隣へと移動しており。
時間が経つにつれて開いていた間もなくなり、今では肩が触れ合っていた。
「ねえ、優」
そっと手を重ねてきたあと、もたつきながらも指と指を絡めようとしているのに愛らしさを感じる。
何かをさせることへの期待と、少しの不安が混ざった顔をした冬華の顔がゆっくりと近づいてきたが。
自分から近づけるのはここまでと、距離がなくなることはないまま止まってしまう。
真っ直ぐに向けられた冬華の瞳に反射する自分が見えていたが、ジッと見られているのが恥ずかしくなったのか目を閉じられてしまった。
最推しはいたが、箱として推してきたグループのメンバーがキス待ち顔をしてすぐ目の前にいる。
画面越しなどではなく、今この瞬間、自分から来てくれるのを待ってくれている状況に今更ながら鼓動が速くなり緊張してきてしまう。
すでに二人、ヤることヤっていると突っ込まれそうだが、それはそれ、これはこれである。
夏月さんの時は向こうからだし、秋凛さんの時は後押しをされてだったような。
自分からこうするのはもしかして初……?
「…………ん」
何もせずにいるため、拒否されたのだと勘違いして離れていこうとしている冬華の頬にそっと手を添えて留める。
「…………っ」
何も言わず触れたため、目を閉じている冬華はビックリしたのか身体に力が入っていた。
そんな可愛らしい反応をする冬華に愛おしさを感じる。
親指で唇をフニフニと触ったり、耳を弄って反応を見たりとしていたが。
自分の緊張をほぐすためとはいえ、あまり待たせすぎるのもよくない。
「んっ」
「……んっ!?」
冬華とのキスは、アルコールの味がして苦かった。
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