八十四輪目

 カラオケも終わり、外に出れば既に日は沈みきっていた。

 夜になれば気温もそこそこ低く……いや、イメージする四季に比べればまだ暖かいような。

 でも、日の短さで夏が終わったんだという感じはする。


 あまり上手くない俺の歌でも冬華はとても楽しんでくれたように見える。

 高瀬さんの時と同じように最後は二人で歌い、自身もとても満足できて楽しかった。


「冬華から聞いたプランはカラオケまでだったけど、この後は何か決まっていたりする?」

「え、……ううん、特には」

「そしたらどうしようか。まだ早い時間だと思うけど、明日も仕事だったら夜遅くまでってのもあれだし」

「明日も休み貰っているからそこは大丈夫なんだけど……」

「でもご飯行くにしてはまだ少し早い時間だよね」


 それにカラオケでポテトを頼んでつまんだりしていたので、空腹という感じはない。

 邪魔にならないように道路の端にいるとはいえ、いつまでもここでダラダラと話しているのもあれだし。


「ふゆ──」

「な、ならさっ! 家に来ない? ここからすぐ近くだし。ね?」

「家……」


 行くこと自体は嫌ではない。

 むしろ、そういう事なのかなと期待してしまう。


 けど夏月さんに秋凛さん、二人もの素敵な女性と本来ならば夢見るだけの事が叶ってしまっている。


 これ以上は……なんて思考はちょっと失礼なんだろうなと、半年ほど過ごしてきて何となく気づいた。

 この世界へとなったきっかけが未だに分からないままなので、ふとした時に元の世界に戻ってしまうのではという不安はあるが。


 だからといって今、目の前にいる人を悲しませていい理由にはならない。


「冬華が大丈夫なら、お邪魔しようかな」

「車はもう待たせてあるから、行きましょ」


 不安そうな表情からとても嬉しそうなニコニコした笑みへ。

 手を繋いで車の方へ案内してくれる姿は何だか小さい子に懐かれたような感じだ。


 車での移動中もずっと笑みを浮べている冬華を見て、『そろそろ帰ろっか』なんて口にしなくて良かったと思う。




 元々、日曜日に予定を入れることがない。

 出不精であるし、次の日に仕事があるため家に引きこもっているのが一番だから。


 加えて、予定していたことを終えたらさっさと帰りたい人である。

 ご飯を食べようって誘いだったならご飯を食べたら、買い物だったなら買うもの買ったら帰る。

 その後に場所を移動してノンビリお喋りだなんて考えたこともない。


 だからこの世界に変わった直後であったなら、すぐに断って帰っていただろう。

 それに一夫多妻なんかも知らないだろうし、知っていたとしても受け入れられていないだろうし。

 そもそも、自分と釣り合うだなんて思わない。


「あれ……?」

「ん? どうかした?」

「ううん、何でもない」


 ふと高瀬さんのことが思い浮かんだが、もう家へと着いたらしく。

 深く考える前に思考の外へと追いやられてしまった。

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