七十五輪目

 まさか友達が犯罪者にまで堕ちるとは思っていなかった、と口にしたのは夏月さんだか、秋凛さんだか。

 二人は呆れた目で樋之口さんを見ていたが。


 『本当にライン越えたのはどちらかしらね』と漏らした呟きが聞こえるやそっと視線を逸らしていた。


「ま、私は懐の広い女よ。別にお願いなんか聞いてもらわなくても最初から問題ないわ」

「の割には欲望ガンガンなこと言っていたけど」

「そうだったかしらね」


 しれっと無かったことにしてカップを傾けているのはある意味凄いなと思ってしまった。


 ……あれ、結局のところ詳しい説明は受けていないのでよく分からないままだけど。

 これは樋之口さんが気分転換の旅を何とかしてくれるって事で良いのだろうか?




☆☆☆




 夏月さんたちの仕事は『Hōrai』としての活動以外にもある。

 そのためスケジュールの調整や、その他諸々の事情により八月の七、八日となったのはいいが。


「うーん、急な仕事が入るなんて」

「自分で言うのも何だけれど、私たちは売れっ子だから仕方ないわね」


 夏月さん、秋凛さん、高瀬さんも本来参加予定だったのだが仕事が、入ってしまったために今は樋之口さんと二人きりである。

 仕事が終わり次第合流するとのことだが、出来たとしても夜になるだろう。


「…………」


 それにしても、落ち着かない。

 樋之口さんと二人きりというのもあるけど、目的地へ向かうために今乗っている車がなんか凄いのだ。


 あまり興味のないものはよく分からないまま放置するために詳しくないのだが、この車はリムジンというやつ……なんだろう。きっと。


 本来、あと三人は乗っていたことを考えるといい広さなのだろうが、二人なのだからまあ寂しいというか、持て余すというか。


 横目に樋之口さんを見てみれば慣れた様子で飲み物なんかを用意しているため、本当に良いとこのお嬢様なんだと感じる。

 ってかこの車、冷蔵庫あるんだ。


 樋之口さんが来た日以降も何の説明がなかったため、昨日になりようやく自分から聞いてみたのだけれど。

 今まで知らなかったのかと何故か驚かれた。


 なんでも樋之口家は代々続く名家だとか、姓を名乗れるのはごく一部の限られた人だとか。

 そんなこと言われても全然ピンとこない。

 よく分からないってのもあるが、とにかくすごいお家だというのは理解した。


 今回の旅行の際、樋之口さんへと話がいったのは家が男性用プライベートビーチを持っているからだとか。

 ビーチだけでなく、他にも色々とあるらしい。

 要は男の人でも安心してノンビリ過ごせる場所があるからそこに行こうということだ。


 ……普段から物事についてあまり考えてこなかったが、甘やかされてきてさらにポンになっていないかと最近思い始めてきた。


「はい」

「ありがとう。……ね、樋之口さん」

「何かしら」


 俺の分も用意してくれた飲み物を受け取り、まただんまりになるのも勿体無いので話を振ってみよう。


「何かしてもらってばかりってのもあれだし、お礼として俺に出来ることがあれば何でもしようかなって思ってるんだけど」

「……簡単に何でも、なんて言うもんじゃないわよ」

「樋之口さんだからだよ」

「そう……」


 ジッとこちらを見てきたかと思えば、流れるような動きでこちらへと距離を詰めてくる。

 高そうというか、おそらく高いだろう車を下手に暴れて壊したり汚したりするのも嫌なので大人しく目で追っていると、俺と向かい合う形で跨ってきた。


「今までのは全部この時のための布石で、抱いてと言えば抱いてくれるのかしら?」

「まあ、本当に樋之口さんがそれを望んでいるなら」


 夏月さん、そして秋凛さんと関係を結び、己の中に設けていたハードルがだいぶ低くなっているのを感じている。

 だからといってあっちこっち簡単に手を出すわけにもいかないと思っているため、どこかで線引きというか、歯止めはかけないといけないが。


 知らない人からこんなお願いされたとしても一考する余地さえないが、今目の前にいるのは推している声優アイドルグループの一人。

 ……今更ながら割と酷い選別の理由だな。


 でも一つ、引っかかることがあるとするならば。


「これまでのお願いもきっと叶えて欲しかったことだとは思うけど、何か理由がある気がするんだよね」

「…………意外と鋭いのね。もっとポンコツだと思っていたわ」


 確かにそうかもしれないと自分でも思い当たる節があるけど、どストレートに言わなくても……。

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