七十二輪目
翌日の話し合い。
結論から述べると、夏月さんも三人一緒に住むのはあまり乗り気では無かった。
仲が悪いからというわけでは無く、仲が良いからこそ、みたいな。
グループ結成当初、トレーニングと仲を深めるために合宿のようなものがあり。
同じ部屋で二週間ほど寝食を共にしたとのことだが、互いのペースというか。
暮らしていく上でそれぞれの許容範囲が違ったため、それらで少し揉めた事があったらしい。
なので一緒に住むと互いに我慢する事が増えていくかもしれないとのこと。
それなら俺は大丈夫なのかと思ったが、それはそれ、これはこれとのこと。
好きな人に振り回される分には構わないらしく、むしろ嬉しいだとか。
……その気持ちはよく分かる。
「だからもっと我儘とか言ってくれてもいいんだよ?」
「まあ、それはそのうち……」
だからといって俺がそれを出来るかはまた別問題。
今でも充分過ぎるほど満足なので、あまり天狗にならないようにしないと。
話が終わってしまったけど、このままだと移動が面倒なまま変わらない。
二人の感じ的に俺が我儘を言えばどうにかなると思う。
けれど何かを我慢させるのはなぁ……。
短い期間ならまだいいが、今後一生ものだとそう簡単ではない。
だから、例えば。
「近場に住む、とか」
「そっか。一緒に住まなくても私がここの近くに引っ越せば良かったんだ」
「あ、いや、今の慣れた生活をそんなあっさり崩すのもどうかなと……」
思わず漏れた呟きは二人の耳にもしっかりと届いていたようで。
良い案だねとその方向で話が進みそうであったが、住み慣れた生活圏からそんなあっさり引っ越してもいいのだろうか。
「全然問題ないよ。私も優ちゃんの近くで暮らせるなら嬉しいもん」
「……秋凛さんが大丈夫なら、俺からはこれ以上無いです」
ハッキリと伝えられ、照れが出てしまった。
俺は二人に対して特攻を持っているが、二人も俺に対して特攻を持っているため。
こういったことをされるとなんでもホイホイ言うことを聞いてしまう。
そして早速とばかりに二人はスマホで物件を探そうとしていたが、すぐにその動きを止める。
「引っ越しする余裕、ある?」
「……微妙かも」
「探すのはできるけど、手続きとか色々と考えたらもう少し先になるね」
「ライブ後のご褒美だと思って頑張るよ」
どうしたのかと聞けば、九月にあるライブに向けてすでに準備が始まっているらしく、引っ越しをする余裕がちょっと無いとのこと。
ライブ後には少し余裕が出来るらしいので、その時まで待ってと謝られた。
「謝る必要は無いですよ。ライブの日なんてあっという間に来ますし、俺も来週あたりにでるCDを買って先行申し込みでアリーナ最前狙いますから!」
「ほんとっ!? すごく嬉しいなぁ!」
「えっ、でも優君って……」
「あっ、そっか……」
喜んでくれたのも束の間。
夏月さんの呟きに反応し、秋凛さんも何だか申し訳なさそうな表情へと変わる。
そしてなんだか言いにくそうな二人の反応を見て、俺も何となく察した。
「もしかして今後もずっと隔離席……みたいな感じ?」
「あ、あれは一応隔離じゃなくてVIP席、みたいな?」
「この間のライブの時は何も分からなかったけど、今なら何となく分かるよ。また騒ぎにならないようにだもんね」
あのスペースを作るくらいなら座席にしてキャパを少しでも増やして欲しいと思う所だが、そうすると男性が色々と煩いのだろう。
付き合っている人も一緒にとなると、あれくらいの広さがなければゆっくり観戦できないだなんだと。
俺の我儘でライブが出来なくなることの方が問題なので、大人しくルールに従うとしよう。
「ごめんね」
「私もアリーナ最前で優ちゃんに応援して欲しいけど、こればっかりは」
「二人が謝る事じゃないよ。それに現地で観戦することには変わりないんだし、これはこれで楽しむよ」
うーん……なんだか二人が申し訳なさそうにしてしまっている。
これに関しては誰が悪いとかではないのだから、そんな気にする必要は無いというのに。
「今、二人とこうしていられるだけでも十分過ぎるほど俺は幸せだよ。あっ! もう七月も半ばになってくるし、どこか海でも行って気分転換とか……は、無理だったね。さっきライブに向けての準備が始まっているって話したばかりだし」
出不精なため、夏になったはいいがクーラーの効いた部屋から出ようと思うことすらしなかったけど。
何もせずにこのままというのも少し寂しく思う。
一緒に居られるだけで幸せだと言ってくれるけれど、やっぱりたまにはデートなんかはしたい。
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