六十四輪目

 今の見られていた、とか。

 どうやって入ってきた、とか。


 疑問が頭の中を駆け巡るけども答えなど出るはずもなく。


「秋凛さん、いらっしゃい。今飲み物用意するから座っててくださ……あ、夏月さん、一度退いてもらっても」

「ヤダ」


 混乱の果て、普通に秋凛さんを来客として対応すべく動こうとし、未だに夏月さんが股の間に座っているのに気付いた。

 退いてもらう為に声をかけるも、即答で断られてしまう。


「あ、私のことはお構いなく……」


 秋凛さんは壁際に荷物を置いてキッチンへ消えたかと思えば、飲み物を手に戻ってきてソファーの近くに置いてあるクッションへと腰掛けた。


 えっと……?

 どういった状況なんだ、これ。


 混乱していて状況がよく分からないうえ、なにを言えばいいかも纏まらない。

 夏月さんはジッとしたままだし、秋凛さんは落ち着いて飲み物飲んでるし。


 いや、落ち着いていなかった。

 顔を赤くさせたままチラチラとこちらを見ている。


 うーん……困った。

 どうしたらいいのか分からん。


 少し落ち着き、考える余裕が出てきたことでとある推測が。

 秋凛さんが部屋に入ってきた時、夏月さんに驚いた様子が見れなかったから知っていたのでは?

 俺が驚き過ぎて見逃した可能性もあるけれど、知っていたのなら夏月さんが秋凛さんを家へと招いたという事で、ここに秋凛さんがいるのにも納得がいく。


 これ、小学生探偵ばりに名推理では?

 当たっている自信しかない。

 だからといって現状が改善するわけでもないが。


 なんて少し変なテンションになりながらそんなことを考えていたら、夏月さんが熱い息を漏らしてるのに気付いた。

 何故か分からないけれど興奮が高まってきているようで。


 離した手をどうしたものかと少し考え、夏月さんのお腹へと戻していたが……。

 あと考えられるのは密着とかなのだが、正解は分からない。


 なんなら全部が原因かも。

 うん、夏月さんってそういうところあるし。


「ね、優君」

「ん?」

「秋凛のこと、"ペット"にしたって本当?」

「あ、もしかして夏月ちゃん、まだ信じてないね! 本当だもん! 私のことペットにして欲しいってお願いしたら、『はい』って優ちゃん言ってくれたもん!」

「……本当なの?」

「え、あー……まあ、そうです」


 思い返されるは病院に行く前、秋凛さんのお願いとやらを聞いた時だ。

 でもあれは疑問形の返事であったのだが……秋凛さんは肯定されたと受け取ったのか。


 訂正するべきかと思ったが、あの時ならまだしもいまそれを否定してしまうと今度こそ秋凛さんが壊れてしまうような気がした。

 意外と大丈夫なのかもしれないが、万が一は避けたい。


「そうなんだ」


 夏月さんの少し寂しそうな声が耳に届くと同時に、手をキュッと握られる。


「私のことは、好きのまま?」

「好きに決まってる!」


 考えるよりも先に口が動き、腕に力をいれ夏月さんをギュッと強く抱きしめる。

 腕の中に収まる夏月さんが小さく震えたのが伝わり、苦しめてしまったとすぐに力を抜けば。


 苦しさから解放された反動か、熱く荒い呼吸に加え発汗したようで、夏月さんの匂いが強く香ってきた。


「か、夏月ちゃん、今ので……」


 今ので夏月さんがどうしたというのだろう。

 咳き込んでるわけでもないから、酷いことにはなっていないと思うのだが……。


「あ、夏月さん。大丈夫……?」

「うん、大丈夫だよ」


 おもむろに立ち上がった夏月さんに声をかけると、しっかりした返事が返ってきた。

 少しボーッとしているように感じるが、特に何事もなさそうで──。




「それじゃ優君、シュリのこと抱こっか」

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