三十二輪目
こちらを誘うような仕草、声色に。
夏月さんというものがありながら、不覚にも心が揺れ動いてしまう自分がいた。
そんな俺の内心を見透かしたようなタイミングでクスリと笑みを浮かべる樋之口さんから、咄嗟に目を逸らす。
「その反応は照れているのかしら。脈無しだと思っていたけれど、そんなことなかったのね」
この雰囲気はなんとなくマズイ気がしたけど、今更帰ってくれと言えるほどの人間でもない為。
ただただ、何か起こってどうにかならないかと願うばかりである。
いつまでも顔を逸らしたままじゃどうにもならんと。
夏月さんを思い浮かべて気を持ち直し、樋之口さんへ向き直るが。
「んぇっ!?」
何故か、俺の目の前に立っていた。
いつの間に、という疑問。
目の前に立っているのに気付かない自分は間抜けなのでは? というアホ加減。
そして何故、何も話さないのだろうかという疑問。
驚きから、自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。
あ、ふんわりいい匂いが……いやそんなこと思っている場合じゃなく。
どうしたものか困るが、取り敢えずこの状況は改善しようと。
樋之口さんの脇を抜ける為、立ち上がろうとしたところで。
「──逃げなくてもいいじゃない。ね?」
両肩に手を置かれ、それは叶わず。
出鼻を挫かれてる隙に膝に座られ、対面座位の形となってしまう。
これで逃げられなくなってしまったが、いま一周まわってなんか冷静でいられる気がする。
うわー、推しの良い顔がこんな至近距離にあるとかいくら払えばいいのだろうか。
「やっぱり、優くんって他の人とは違うのね」
「そうですかね?」
「そうよ。こんな事までさせてくれるんだもの」
俺としてはご褒美なのだが、他の男たちはそうじゃないのだろうか。
んっ、そんな首筋とか撫でられると反射的に身体が反応してしまう。
そんな俺を見てニコニコしているけども、何が良いのだろうか。
…………や、俺を夏月さん、樋之口さんを俺に当てはめて考えると。
確かに楽しくてずっとやっていられる。
「それで、返事はどうなのかしら」
「それは……その、愛人どうのってやつ、ですよね?」
「他に何かある?」
苦笑いを浮かべるしかないが、今の俺は物理的に逃げることも叶わない。
自分の話術に期待もない為、答えるまできっとこのままだろう。
実はそれほど悪くないかなとか考えてしまったが、夏月さんにこんな場面を見られたら言い訳のしようもない。
「その……決して樋之口さんが嫌とか言うわけじゃ無いんですけど、今の自分には夏月さんがいるので……」
「二人だけの秘密でも構わないわよ? ──むしろその方が燃えると思わない?」
そう言うや否や樋之口さんは俺の頬に手を添え、顔を近づけて──。
───
今回、冬華がここまで行動を起こせたのは、誕生日会の時に主人公がどこまでいけるのか探ってたからです。
それでも絶対ではない為、半ば賭けですが。
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