二十三輪目

「ただいまー」


 満足のいく買い物ができ、後は明日に夏月さんの誕生日をお祝いして……。


「あ」


 誕プレだけ気にしていたが、ケーキとか料理とか、何も考えていなかった。

 ケーキは買いに行けばいいけれど、料理はどうしよう。


 少し手の込んだものを頑張って作るか、今からでもどこかの店を予約するか。

 サプライズするには手遅れなのだし、夏月さんと相談して決めるのもありだな。


「あれ? 夏月さん、電気もつけないでどうしたんですか?」


 日も傾き、空が少しづつオレンジへと変わりゆく時間。

 家の中も薄暗いというのに、電気もつけないでソファーに座る夏月さんの姿が。

 そういえば、今日の仕事は早く終わると言っていたような。


 リビングの電気をつけると一瞬だけこちらを見るが、再び何も映っていないテレビの方を向いてしまう。


「夏月さん?」


 呼びかけてみるも返事はなく、隣へ座るよう手招きされた。

 普段となんか様子が違うなと思いつつ隣へ腰掛ければ、服の端をキュッと掴まれる。

 あ、可愛い。


 きっと何かあったのだろうけど、無理に聞き出そうとは思わない。

 時と場合にもよるけれど、今回は夏月さんから話してくれるだろうと思った。


 この時間なので特に何もやっていないがテレビをつけ、なんとなくそれを眺めている。

 互いに何も話さないまま十分ほど経ち、夏月さんがもたれかかってきた。


「ね、優くん」

「ん?」

「私のこと、好き?」

「好きですよ」


 相談事かと思ったが、どうやらそうでは無いようで。

 突然のことに驚き、少し恥ずかしさはある。


 ただ、答えた『好き』は夏月さん個人を異性として好きなのか。推しだからなのか。

 正直なところよく分からない。


 一緒に過ごす時間が増え、これまで知らなかった普段の夏月さんを見てきたわけだが。

 まだどこか、ファンとして夏月さんを見ていると自分でも感じる。


 この区切りを自分の中でどうつけるか、未だに分からない。


「本当に? 私、用済みとかじゃない?」

「へ? 用済み? どうしてですか?」


 考えたところでどうにかなるものでも無いが、どうしたものかと頭を捻っていれば。

 夏月さんの口からとんでもない言葉が聞こえてきた。


 夏月さんに目を向けるけど変わらず前を向いたままであり。

 髪が邪魔をして表情は良く見えないが、その姿はどこか悲しそうに見えた。


「だって、私からハルに乗り換えるんでしょ?」

「高瀬さんに乗り換え?」

「うん。別にいいんだよ、隠さなくて。わざわざ高瀬さんなんて他人行儀に呼ぶ必要もないから」

「えっと……すみません。話の流れがよく分からなくて。一から説明をお願いしてもいいですか?」


 話の流れが全く分からない。

 他人行儀もなにも、ずっと高瀬さんと呼んでいるし、乗り換えるって……ようはそういう意味だろうけど、どこからそんな話が出てきたのだろうか。


 何かズレのようなものを感じてるので初めから説明して欲しいのだが。

 夏月さんは先ほどよりも強く服の端を握りしめるだけであった。


「あの……」

「……プレゼント」

「ん? プレゼント?」


 意図せず追い詰めてしまったのかと不安になり、声をかけようとしたところでポツリと呟くようにして出された単語を耳が拾いとる。


「……そう。ハルにネックレスと指輪、渡していたでしょ?」


 そこでようやくこちらへ顔を向けた夏月さんは、涙を堪えながらもどうにかして作った笑みを浮かべていた。


「仕事の帰りに偶然二人を見つけたから、知ってるんだよ」






───

夏月はたまたま近くの場所で仕事をしており、帰りにタクシー乗ったところで二人を発見。

一緒に乗って帰るかと声をかけようとしたところで、例のプレゼント現場を見たということです。

(夏月から春にまだ同棲していることを伝えておらず、この日に主人公から春に伝えたことも知りません。なんならこのまま三人一緒に夏月の家へと向かい、同棲までしている話をしようと考えていたりします)

タクシーで先に帰った夏月ですが、話でもあった通り乗り換えられると思い込んでいます。(自分はプレゼントを貰っていないため、多妻という発想は無い)

なのに主人公はいつも通り変わらないため、知ったまま日常を過ごしていくのは無理と判断した夏月はケジメをつけに行きますが、主人公によって自分の状況を全部説明させられることになったということです。

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