十八輪目

「あ、美味しいですね」

「良かった。ここ、私もよく来るんだ」


 甘いもの以外にも普通に料理があり、少し早いがここで昼食を取ることに。

 高瀬さんは明太子のスパゲッティ、俺はえびピラフを頼んだのが、これが思っていた以上に美味い。


 食べ終えた時、スイーツが待っているというのにおかわりを頼むか少し悩んだほどだ。


「それで自分、いまいちよく分かってないんですけど……」


 食事を終え、スイーツが運ばれノンビリし始めたところで店に入る時の事について聞いてみる。

 俺の質問がよほど変なのか、高瀬さんは不思議そうな表情をしながらも簡単に教えてくれた。


 俺より前に並んでいる人は俺が入るまで粘るため回転率が落ち。

 俺より後に並ぶ人は目当てが店ではなく俺であるため、このような客の集め方は店の本意ではないのだとか。

 加えて下手に男性を使って客を集めると色々問題があるらしい。


 それと、いくら日本とはいえ、男性を長い時間多くの人に晒すのも頂けないのだとか。

 よく分からないのもあるが、そういうものなのかと受け入れるしかない。


 昨日、価値観の変わった世界にいるということを知ったわけだが、寝て起きたらその認識は漠然としていた。

 ぶっちゃけ、忘れていたのだ。

 今の話を聞いてようやく思い出したくらい、未だ慣れていない。


 昨日の今日で変わった認識を受け入れるのはもう少し時間がかかりそうだし、まだ俺の知らない事がたくさんありそうだ。


「桜くんが今までどうやって過ごしてきたのか、少し気になるんだけど」

「自分としては至って普通に過ごしてきたつもりなんですけどね……。今まで人が並んでいる店に行った事ないのは少し関係してそうですけど」


 なんとなくそれっぽいことを言ってみたが、普通にラーメン屋並んで食べてたし、ファストフードなんて並ばないなんて事が無い。

 ……これは価値観の変わる前の話であるが。


 あの言い訳みたいなもので高瀬さんは納得してないだろう。

 でもこの世界の俺がどのような行動をしてたのか分からないため、俺も説明のしようがないのだ。


「この後はどこに行きます?」

「特に決めてはいなくて、桜くんの行きたいところに行く感じかなと」

「あ、それならなんですけど」

「うん。なんでも言ってみて」

「カラオケ……とか、どうですか?」

「カラオケ? 私、大好きだから構わないけれど……桜くんは大丈夫?」

「特に問題はないかと……? 提案しているのは自分ですし、なんならこっちの方こそ申し訳ないと言いますか」

「うん?」


 また少し齟齬が生じているような。

 何が原因なのか考えてみたところで気が付いたが、俺が変わった価値観の常識について理解していないため、いくら考えても答えは出てこない。


 ある程度推測できるだろうけど、間違っていた場合は話が余計に拗れるだけである。

 結局、話がどうなろうがカラオケを選んだのには少し後ろめたい理由もあるため、全部正直に話すしかない。


「高瀬さん自分のことをファンとしてではなく、対等な友人として扱ってくれているかもしれないのに、自分はファンとして高瀬さんの歌が聴きたいために選んだので少し後ろめたさが……」


 改めて口に出すと結構酷いことを言っているような気がした。

 けれど高瀬さんは一瞬キョトンとした後、くすくすと笑い始める。


「ふふっ。そんな事全然気にしなくていいのに。みんなとカラオケに行く時はいつもそんなノリだから、大丈夫だよ」

「それなら……その、良かったです」


 店を出る際、高瀬さんが伝票をサッと持っていき会計を済ませてしまった。

 自分の分を渡そうとしたが受け取ろうとしてくれないため、今度また別の形でお礼をしようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る