五輪目

 違和感を覚えながらも、まあ面白かったのでよしとしよう。

 乗り換えを一度挟んで池袋へと無事辿り着き。


 なんの装飾もない、無難な木のフレームの額縁を買い。

 少し前にテレビでやって気になっていたガチャガチャがたくさん置いてある店に来ている。


 取り敢えず興味があっただけなために今日は見て回るだけだが、結構面白そうなものが多かった。

 今度来る時はそこそこお金持ってから来よう。


 予定していた事が終わったので帰って円盤を見るかと思ったところで、ふとDMにきたメッセージを思い出した。


 SNSを開いてみてみれば、どうやら俺が額縁を買い終えた頃にはもう着いているらしく。

 喫茶店のURLが貼られており、そこで待っているとのこと。


 何かヤバそうな雰囲気を感じたら走って逃げる心構えだけ持ち、指定された喫茶店へ向かえば。

 なんとも落ち着いた雰囲気を感じるオシャレな外装である。


 自分が入るのがおかしくないか、少し周りの目を気にしながら店に入り。

 店員に待ち合わせだと伝えると、少し奥にある人目のつきにくい席へと案内された。


 なんだか怪しげな感じが濃くなってきたのでさらに警戒を高め、すぐ逃げられるよう荷物は下ろさず腰掛けてさあどんな人だと顔を見れば。


「ヴェッ」


 そこには俺の反応を不思議そうに見ている高瀬さんが居た。




 注文したジンジャーエールを飲みながら落ち着いた様子を取り繕っているが。

 内心ではパニックのままである。


 昨日会えただけで奇跡のようなものなのに、まさか今日も会うとは思わないじゃん。


「昨日ぶりだね、桜くん」

「へぅっ、あ、はいっ、そうですね!」


 落ち着いた様子を取り繕う?

 そんなもの声をかけられたら無理に決まっている。


「本垢はDMが出来ないようになってるから新しいの作ったんだけど……桜くん、少し不用心じゃないかな?」

「や、確かにマルチかなとは思いましたけど、自分の周りに語れる人がいなかったので。…………まさか本人だとは思いもしませんでしたけど」

「そういうことじゃないんだけど……」

「お待たせしました。オムライスとサンドイッチになります。ご注文の品は以上になりますでしょうか。……ごゆっくりどうぞ」


 帰ってから何か適当に食べるつもりでいたが、せっかくだからここで食べていくことにした。

 高瀬さんもまだだったようで、サンドイッチを頼んでいたが、あれで足りるのだろうか。


 ライブの衣装が入らなかったら大変だから、体重管理とかもあるのかな?


「あ、ご、ごめんね。こうして男の人と一対一で話すの初めてで緊張しちゃって」


 恥ずかしそうに少し照れている高瀬さんの姿を目の前で見れた俺は、どこにいくら払えばいいのだろう?

 幸せすぎてもう胸がいっぱいである。


「そ、そういえば、何か自分に用があるとかでは?」

「えっと、ね? 特に用があるってことではないんだけど、ファンって言ってくれたのが嬉しくて。君と少し話したくなっちゃった」


 もう、好き。結婚して欲しい。


 今すぐ声に出して言いたいが、そんな事をすればお終いである。

 こういった事を言われて勘違いしそうになるが、強い自制心を持たなくては。


 でもそれはそれとして、推しにそんな事を言われたら喜んでしまうのも事実なわけで。


「もう午後ですけど今日一日、高瀬さんに付き合いま──」

「あ、やっぱりハルだ」


 もうこんな奇跡は無いだろうから、少しでも長く幸せを楽しもうと思ったのだが。

 セリフの途中で誰かがやってきてセリフを遮られてしまう。


 口調から親しい感じがしたが、今は邪魔しないで欲しいとやってきた人物に目を向ければ。


「──ヴェッ」


 そこには『Hōrai』のメンバーであり、もし出来るのなら結婚したいと思うほど推している二人のうちのもう一人である、常磐ときわ夏月かげつが立っていた。

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