第7話 ABW6969J籠目匣
17年前、10月9日の14時頃。
この日、1991年以降噴火の兆しを潜める
場所は登山道を遥かに離れた森の中。
噴火の名残を残す苔生した岩が目立つその場所で、
まるで何かを探すように。
「止まって」
先頭を進んでいたガスマスクの兵士が握り拳を上げ、凛とした女性の声で後方の部隊員に指示を送る。
その視線の先には1軒の朽ちかけた木造の平屋。
「報告にあった廃墟を確認。探査を開始する」
ガスマスクの兵士は記録用ボディカメラを起動してそう言うと、ウェポンライトを点灯したアサルトライフルを構えて慎重な足取りで仲間と共に内部へと侵入。
「これは酷い…虚数が瘴気溜まりになって滞留してやがる」
背後で仲間が慄く、屋内に足を踏み入れて。
無理もない。平屋の中は高濃度の虚数の影響で淀みきり、外界と比べて空気が白く濁っている印象すら受けのだから。
「全員散開。各自調査を開始して」
「「「了解」」」
ガスマスクの兵士による合図により、その他5人の兵士達がそれぞれ独自の機材で調査を開始する。
しかし物理的な見解で言えば、廃屋の中は何も無かった。
廊下、部屋、柱。建築物であれば存在する筈の
「部隊長、こいつぁ妙だぜ」
フルフェイスのマスクを被った兵士が炭素年代測定器を持ってガスマスクの兵士の隣に立つ。
「何かしら」
「測定結果によるとここは1917年、つまり大正6年に建てられたことになる。だがこの場所は平成3年にマグマで一度覆われた筈だ。奇妙じゃないか?」
「そうね、まだまだ調べるべきだろうけど最大限警戒なさい。外の木々の成長速度といい、既に我々は概念領域へと引きずり込まれていても
フルフェイスマスクの兵士とガスマスクの兵士が話している間にも、他の4人の兵士は各々が周辺警戒を続けつつ様々な調査を進めている。
そんな時だった。
──かーごーめーかーごーめ
──かーごのなーかのおーにーはー
それは低く、無機質で、生気の感じられない老人の
──いーつーいーつーでーあーうー
その数多数、屋外から。
──よーふーけーのーばーんにん
まるで、兵士達が居る廃屋を取り囲む様に。
──りゅーうとおーうがすーべーたー
「全員警戒態勢! 全方位攻撃陣展開」
「「「了解」」」
ガスマスクの兵士が号令を掛け、6人の兵士が廃屋の中心で円陣を組み、互いの背中を守り合う陣形を固める。
だがその号令も、行動も、一足遅かった。
『うしろのしょうねんだーあれ?』
たった1人の
「何っ!?」
兵士全員が手にしていた銃を構えて振り向くと、そこには10代にも満たない痩せ細った少年。
赤い
「撃つか!?」
フルフェイスマスクの兵士がトリガーに指を掛ける。
「駄目だ、仲間を巻き込む。それに相手の実態が解らない以上、下手に刺激は与えられない」
だが暗視ゴーグルを装着した兵士がフルフェイスマスクの兵士の戦意を静止した。
『クフ、クフフ』
四方からライトに照らされた少年が貌を上げる。ゆっくりと、低く、嗄れた聲で嗤いながら。
『だぁぁあああぁぁぁれダ?』
ニッと歯を見せ見開かれた
「全員散開! 対角線上から味方を外し、ラムロッド虚数阻害弾を撃ち込みなさい」
ガスマスクの兵士の号令と同時、陣形を組んでいた兵士全員が少年から跳び退りつつ発砲を開始する。
同時、少年の姿は気体を散らす様にして掻き消えて。
──かーごーめーかーごーめー
再度廃屋の外から取り囲むようにして響き出す、数多の嗄れた低い唄声。
「……マジかよ」
素早く廃屋の扉を開けたフルフェイスマスクの兵士は、外の光景に言葉を失った。
「囲まれてるんだな」
フルフェイスマスクの兵士は首肯する、暗視ゴーグルの兵士による緊迫したその口調に。
「やられたぜ。この森に入った時点で、俺等は罠に掛かった獲物だったらしい」
廃屋の外部に拡がるは、悪夢の如き風景。
苔生した岩と不自然に成長した木々の森は既に濃霧に覆われ、その至る所に真っ黒な目をした少年少女達が立ち尽くしている。
紡がれる唄はどれも生気の無い老人のような嗄れ声であり、不気味な笑みからは底知れぬ悪意が滲み出ていた。
「総員室内の四方に
ガスマスクの兵士が吼え、フルフェイスマスクの兵士以外の4人が室内で散開。
それぞれが部屋の四隅に小型の開閉型アンテナが目立つ機材を設置する。
「早くしてくれっ、もう弾が無くなる!」
廃屋への出入り口は一つだけ。
フルフェイスマスクの兵士は黒目の子供達の侵入を食い止めるためアサルトライフルの引き金を絞り続けるも、そう長くは保ちそうにない。
「固定座標α、設置完了だ!」
暗視ゴーグルの兵士が親指を立てる。
続く形で他の3人も。
「固定座標β、設置完了」
「固定座標δ、設置完了ぉ!」
「固定座標Σ、設置完了ですっ」
「戻りなさいハウンド!
「やっとかい!」
ガスマスクの兵士の号令を受け、ハウンドと呼ばれたフルフェイスマスクの兵士はベルトに下げた手榴弾を投げると共に後方に跳躍して背中を床に打ち付ける。
──バガン
耳をつんざく破裂音。
爆発点を中心に姿を散らす黒目の子供達。
「
ガスマスクの兵士による号令と共に四方の現実固定錨の間から発せられる非実体製の光の壁。
廃屋内に広がる虚数の濃霧が晴れると同時、場の光景の真の姿が露わとなった。
「ふぅ、難は逃れたようだな」
ハウンドは仲間の助けを借りて立ち上がると、開け放たれたままの出入り口に目をやる。
外にはもう、子供達の姿は無かった。
森を覆っていた濃霧も、異常な成長を遂げた木々も同様に。
「それにしても驚きです。概念領域に隠されていたものがこんな儀式の成れの果てだったなんて」
黄色いヘルムの兵士の言葉に、その場の全員が心中で同意する。
部屋の中央には寄木細工で造られた1つの
そして更に魔法陣の四方を囲むようにして座禅を組む四人の僧侶のミイラ。
それぞれが朽ちかけた古い巻物を手にしており、何かしらの術を完成させる
「あら、これは一体…」
廃屋の最奥、壁に掛けられた石版を見てガスマスクの兵士は内容を読み込む。
それには儀式を完成させるための手段と決まりが
・
・籠目匣は4日かけて正しき手順で作成せよ。
1日目に東の方角を向き幼子の指を入れ
2日目に西の方角を向き
3日目に北の方角を向き長者の息子の目玉を入れ
4日目に若き心の臓を潰して入れよ。
また、これらの供物は息が絶える前に採取すべし。
・籠目匣には1月に一度、子供の生き血を捧げよ。また、捧げる回数は12回にすべし。
・生き血を捧げ終えた籠目匣は呪紋の上に安置し、4人の術者がそれぞれ4つに分けられた詩を持って絶えず
「醜悪ね」
そう吐き捨て、ガスマスクの兵士は踵を返す。
「みんな、出来る限りの参考物品を持ち出して研究所へ持ち帰るわよ。後の事は
✧ ✧ ✧
兵器NO.6969J
通称:籠目匣
本虚数物品はダイモンドコーポレーション日本支部が統括する
発見時より製法が確認されているため、兵器としての有用性を考慮しつつ検証実験を開始する。
実験1:起動方法を調べるため、実験室内にて発見時の状態を再現。
結果:状況に変化は見られず、失敗。
実験2:ミイラが手にしていた詩を繋ぎ合わせ、報告に上がっていた亡霊の音程にあわせて読み上げる。
以下、繋ぎ合わせた詩の内容を記載しておく。
籠目 籠目
籠の中の鬼は
何時いつ出逢う
夜更けの万人
竜と王が統べた
後ろの少年誰
結果:籠目匣が僅かに熱を発した以外、変化は見られず失敗。
実験3:発見した状況を再現した上で詩を読み上げる。
結果:籠目匣の虚数観測値が上昇。以後数時間に渡り読み上げ続けるもそれ以上の変化が見られず、断念。
追記1:後片付けの際、研究員の1人が籠目匣を誤って床に落としてしまう事例が発生。
直後籠目匣の隙間から粘性の強い黒色の液体が流れ出し、床に拡がると液体は暗い穴に変化。
その際貴重な研究員を1人喪失、新たに補充する必要あり。
追記2:実験室の下の階には特筆すべき変化は見られなかったため、液体が変じた穴は概念的空間へと繋がっていると目される。
経過考察:籠目匣の製作者は、匣そのものの虚数値を高めるために儀式を行っていた可能性がある。
実験結果により、発動には虚数値を上昇させた匣に一定量の衝撃が必要だったと考えられる。
その効果が何を
実験4:穴の淵にて放置していた籠目匣を回収。
結果:穴は直径15メートル程拡がった時点で停止。
実験5:穴の内部調査のためドローンを投入。
結果:深度2メートル地点で異常が発生し、内部へと落下。虚数の影響により無人機での探査は困難と断定。
実験6:死刑囚に必要最低限の通信機器とヘッドライト、GPSを取り付けワイヤーに吊るして内部へ投入。以下、実験時の音声記録である。
『応答せよ、応答せよ。囚人番号56番聴こえるか』
『ああ…大丈夫だ、聞こえるよ』
『現在お前は深度10メートルを通過した地点にいる。状況を報告せよ』
『状況も何も真っ暗だ、光さえも届かない真っ暗闇だよ』
『虚偽の報告をした場合仮釈放は無効となる。穴の幅は15メートルだ、壁くらいなら見える筈だ』
『嘘じゃないって、ホントだよ! 本当に光がどこにも届かないんだ。それに』
『何だ』
『オレ、今ワイヤーで吊るされてるから壁伝いに降りてるはずだよな』
『その通りだ』
『なら何で一度も壁に当たらないんだ!? どれだけ身体を大きく揺らしても、この穴は何て言うか、果てがねえ!』
『落ち着け、ワイヤーが繋がっている限りお前は安全だ。報告を怠るな』
『わ、分かった』
『深度20メートルを越えた。変化はあるか?』
『変化は、無い。相変わらず真っ暗なままだ』
『そうか、気づいた事があれば逐一報告しろ』
『ああ……なぁ、1つ疑問に思ったんだけどよ』
『何だ』
『風の音、そっちには聴こえているのか』
『いや、こちらからはお前の声以外観測はされていない』
『そう……なのか』
『何かあるなら報告しろ』
『いやその、奇妙だとは思うんだがさっきから突風の音が凄いんだ。風なんか無いのに、ずーっとビュウビュウいってんだよ』
『そうか、引き続き降下を続けさせる。また何かあれば報告せよ』
『ああ、分かったよ』
以後、秒速1メートル感覚で5時間降下させ続けるも底には辿り着かず、ワイヤーのロールが残り四分の一となった。
穴は想定以上に深くて広大らしく、逆を言えばそれくらいしか情報として成果を得られていなかった。
『なぁ、いい加減そろそろ上げてもらえないか? 何だか寒いし、トイレにも行きたい』
『現在お前は地下3万メートルの地点にいる。もう少しでワイヤーが無くなるから、そうすれば引き上げてやる』
『そっか、メチャメチャ長いんだなこのワイヤー。それよりもさっきから妙なんだ』
『何が妙なんだ、報告しろ』
『さっき風がないのに突風の音がしていると言っただろ? 微かになんだが、その中に人の声が混じってるような気がしてな』
『聞き取れるか』
『やってみる……あ、ああ、ダメだ…これはダメだ』
『どうした、報告しろ』
『チガウ…あれは違うんだ……オレじゃない!』
『報告しろ囚人番号56番、仮釈放を無効にしても良いんだぞ!』
『頼む、オレを今すぐ引き上げてくれ! 風じゃない、風の音なんかじゃなかったんだあああ!!』
『落ち着くんだ囚人番号56。正確に報告しない限り我々はワイヤーがなくなるまで降下を続けさせるだけだぞ』
『呪詛だったんだ! 風の音に聞こえてたのは、全部オレに対する恨み言が何重にも重なった声だったんだよー!!』
『お前は罪も無い学生達を過去に何人も殺めている。音だけならその程度の危険性は甘んじて受け入れるべきなんじゃないのか』
『いやだ! 真相を知っちまった今、オレにはもう耐えられない!』
『分かったわかった、もう少し降下させたい所だがもうワイヤーの残りも無い。お望み通り引き上げてやるから大人しくしてろ』
『ありがとう、本当にありが……あ…あああ……』
『なんだ、まだ何かあったのか』
『怪物が! 化物が! ああ畜生もっと早く引き上げられねえのかよイヤだイヤだイヤだ来るなやめてくれいやだああああ!!』
『■■■■■■■■■■』
突如音声に不明な存在による叫び声が混ざり、通信が途絶。
直後に被検体を吊るしていたワイヤーが土台ごと穴の中に引きずり込まれた。
結末:上層部の命によりABW6969J籠目匣の研究、及び実験の半永久的凍結。
被験体との通信途絶と同時にそれに呼応するかの如く他のABWが突如活性化。
研究所各所で虚数による異常な磁場の乱れが確認され、その事象は穴の内部で怪物と称された存在と呼応していると思われる。
よって新たに判明した怪物をABW6969Jαシン・ギルトと命名し、封印指定物品として籠目匣を厳重に保管、管理するものとする。
また、籠目匣の影響により開けられた穴は
以降この実験場は放棄し禁足域に指定、厳重に管理するものとする。
但し、時が来たならば
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