第10話 校外学習


 時は少し戻り、南緑須なみす学園の生徒達が到着した頃。

 研究都市にある来客用ドーム内。


「スゲェー! あっちもこっちも、全部近未来的だー!!」

 駆け入りながら周囲を見渡し、歓声を上げるたかはしかえで

 その後ろから続く浮足立った生徒達を引率する数学の教師。


「こーら高橋! いい年してはしゃぐんじゃない」


「どうして先生こそ冷静でいられるのさ。 見てよロマンに溢れたこの光景! 誰だってテンション上がっちゃうだろ」


「分かったわかった。先生もテンション上がったから、早く列に戻りなさい」


「なんだよノリ悪いな〜、ブーブー」


「ほらほら、ブーイングしてないでさっさと戻った戻った」

 楓の奇怪な行動に、生徒達の中から楓を揶揄する声や、小さな笑いが聴こえ始める。

 そんな中から唯一楓を誘う、優し気な聲。


「一人で見て回るよりもみんなと一緒の方が、きっと楽しいですよー」

 列の最後尾、艶のある栗色の髪を揺らしておとみやことが手を振っている。


「それもそっか」

 気が変わった楓は小走りで幼馴染みの元へ向かい、大人しく談笑を始めた。

 彼女の様子に数学の教師は呆れながらも生徒達へ号令をかける。

 

「いいかお前ら。こっからは班行動になるが、くれぐれも職員さんに迷惑かけたり勝手な行動をしないように。それと、見学はドームの中だけだからそこんとこ注意するんだぞ」


「「「はーい」」」


「高橋、返事が聴こえないぞー」


「バカな! 返事をするフリをしてあくびをしたのがバレていただとぉ〜……お」


「バレバレだし驚愕しながらあくびを繰り返すんじゃない!」


「だって先生の前置き長くて退屈なんだもん」


「お、ま、え、な〜」


「コンちゃ〜ん、琴海〜、先生がこわ〜い」


「ゴメン高橋さん、流石のアタイもフォローしきれないかな」


「楓。校外学習も授業の一環なんですから、話は大人しく聴きましょう」


「チクショウめー! あたしの味方はいないのかよぅ」


「はぁ、不安だけど仕方無い。班のメンバーは高橋管理をしっかりしておくように。特に音宮、お前は優秀だしそいつとは幼馴染なんだろ。厳重に頼むからな。じゃあ一旦解散」

 パン、と叩かれた合図と共に、方々へ散って行く生徒達。

 それぞれのグループ内で盛り上がりながら、和気藹々わきあいあいと言った様子で各コーナーを楽しんでいる。


「いや〜、にしても走るの速かいよね高橋さん。一緒にバスから降りたと思ったら、みんなを置いて先に一人で入っていっちゃうんだもん」

 小さく笑うこんあき。その様子は他の生徒達とは違って馬鹿にしていると言うよりも、心の底から楓の行動を面白がっている感じだ。


「ホントですよ。今日は私達三人グループで動くんですから、もう勝手に一人で行動しないでくださいね」


「わかったわかった、いいから早く見て回ろうぜ」

 口うるさい幼馴染みを軽く流して、改めて楓は周囲をぐるりと見渡す。


 エントランスホールに拡がる光景は、さながら植物園。

 中央にそびえる全高十五メートルにもなるガラス張りの四角柱には、様々な水生生物が散見された。


 その植物園をぐるりと円形に取り囲むのは、階層毎に異なる分野を持つ研究室。

 一階はロボティクス部門、二階はバイオテクノロジー部門、三階はクリーンエネルギー部門と言った具合に。

 

「何だアレ……」

 突如楓の目が止まり、その瞳が輝きを帯びる。

 メカニック分野を研究している、数々のガラス張りの部屋。

 視線の先、数多の電線に繋がれた黒い玉と神経インターフェースを用いた義手を研究する二つの部屋。

 その二部屋に挟まれる形で姿を表した部屋に鎮座する、最新装備。


「スゲェ……機械の翼とか、ロマンかよ」

 感嘆の吐息と共に、楓はフラフラとその部屋へと近付いて行く。


「おやおや見学に来た生徒さんかい。ようこそ、ゆっくり見て行くと良い」

 機械の翼を研究していた白髭の職員は近寄る楓の存在に気が付くと、暖かく笑って見学者を迎え入れる。


「そ……それは……」


「このメカニックウィングかい? ハハハ、大したものだろう。まだまだ実用段階までは遠いが、設計上は人一人を飛ばすのに問題無い代物さ」

 それから研究者による説明は続くが、楓の耳には届かない。

 まるで取り憑かれたかのように機械の翼に近付いて行き、手を伸ばす。


「ああダメダメ触っちゃ、プロトタイプとは言え開発中なんだから」


「そんな、ちょっとだけでいいから着けさせてくれよ〜」


「もっとダメに決まっとるだろう! ほら、離れて離れて」


「お願いだよ〜、空を飛ぶのがあたしの夢なんだ〜」

 尚も駄々をこねて、楓は研究者を困らせる。琴海は幼馴染の様子を見兼ねて背後から声をかけた。


「ほらほら楓、あまり研究者さんを困らせてはいけませんよ」


「そうは言っても琴海は気にならないのかよ。この翼を使えばお一人様空の旅満喫ライフが楽しめちゃうんだぜ!?」


「面白そうとは思いますが、今の私はアレが気になります」

 そう言って琴海が指した先には、アブラヤシの隣に佇む魚のイラストが描かれた自販機。


「アレがなんだってのさ」


「中央の水槽で泳いでいる水棲生物達には、研究用として特殊な科学飼料を与える事が出来るみたいですよ。一緒に行ってみませんか?」


「えーでもー」


「きっと楽しいですよ」

 笑顔を弾けて魅せる琴海。そんな幼馴染に誘われてしまえば、楓も首肯せざるを得ない。


「し、仕方ねぇな。付き合えば良いんだろ」

 わざとらしくそっぽを向く楓。だが二人のやり取りを背後から観ていた秋穂は見逃さない。

 その顔が少し赤らんでいたことに。


(た、高橋さんからのお付き合い宣言きちゃあああああ!! え、なになにデートだよねこれデートなんだよね!? あああもうこの二人と同じ班で幸せだったけど、お邪魔虫は退散させて頂きますねえええええ!!)

 心中騒がしく下劣な笑みを浮かべ、ゆっくりと二人から距離を取り始める秋穂。

 周囲の研究者はそんな彼女に関わってはいけないと予感し、何も見かけなかった事にして自らの課題に目を背けた。




✧ ✧ ✧




 来客用ドーム内の中央、植物園の只中にあって研究用の水生生物を育む水槽塔の側。


 辺りに張り巡らされた通路の上に佇む、痩せた体格に細ぶち眼鏡の研究者が独り。

 手には古びた小さな木製のはこ

 そのすべての面には螺旋状の亀裂がいろどられ、まるでパズルの如く複雑な造りとなっている。


「主よ、貴女の御心が叶いますように、彼等に救いが在りますように」

 祈りの言葉を口に願いを込め、研究者が手からはこを滑り落とす。


──カトン

 煉瓦の通路に当たった音は、軽い。

 研究者は足下に落ちたソレを愛おしそうに見下ろして、その場を立ち去った。




✧ ✧ ✧




「スゲー! 餌やりって、海の生き物なのかよ」

 水の中に揺蕩たゆたう人口日光。数々の魚影が空色の空間を行き交う。


 自販機の後に三人の少女が足を運んだのは、全長十五メートルはある水槽塔。

 今か今かと待ち構える魚達に見覚えはあるものの、こと触れ合うと言う一点においては異質な光景。


「バイオテクノロジー部門では今、人類の食料事情の改善に向けて研究が行われているみたいですよ。この水槽では養殖魚の単為生殖を目指した研究をしているそうですね」

 パンフレットに書かれていた内容を口にして、琴海は強化ガラスの向こう側を見つめる。

 今か今かと餌を待ち構えるよう泳ぎ回っている、海の無胃魚達。

 サンマやイワシ、サヨリ等が草木ひしめく光景を泳ぐ光景は幻想的だ。


「よく分かんねーけど、スゲー研究なんだってのは解った。そんじゃ早速、餌やりすっか!」

 自販機から購入したカプセルに指を入れ、摘み出す。

 赤茶けた粉末状の餌は、少し香ばしい。


「この穴に入れれば良いのかな」

 楓が強化ガラスの底面から伸びる円柱状の穴を覗き込む。


「原理は分かりませんが、海水は穴の奥で留まっているみたいですね。試しに入れてみましょうか」

 楓が餌を摘んだ手を入れた瞬間、魚達が水の底へと下る。

 距離にして十五メートルにも渡る魚群の一斉急降下。その光景の迫力は見る者を圧倒させる。


「ワッハッハー! どうだ美味いかまだまだいくぞー」

 絶好調の域にまで達した楓のテンション。

 面白いアトラクションに夢中な子供の如く、瞬時に無くなる餌を投入し続ける。


「我、悟りたもう」

 自らの手を突つく魚達を眺めながら、ふと楓が真剣な面持ちで口を開く。


「どうしたのですか?」

 幼馴染の急激なテンションの変容に戸惑いながらも、琴海は楓の次の言葉を待つ。

 楓は琴海に視線を合わせて、一言。


「こいつ等ってさ、普段からこの餌しか与えられてないんだよな?」


「研究用とありますし、私はそう思いますが」


「一種類しか食べられないなんて、可哀想とは思わないか?」


「へ?」


「ほら、あたしってば慈悲深いボーイッシュ系ガールなわけだろう? こうして校外学習で訪れて、こいつ等に出逢えた奇跡は無駄にしたくないんだ」

 だからさ、と楓はズボンのポケットから細切れにしたイカの駄菓子を取り出して、真顔で言い放つ。


「あたしはおやつを恵んでやろうと思う」


「いくら何でもいけません! 変な気は起こさないで下さい」


「フッ、止めてくれるなマイフレンド。こいつ等だって海ではイカも食ってたんだ。ならこのカッチャンイカも食べたって問題無い筈さ」

 キメ顔と共に投入口から腕を抜くと、楓は濡れた手を袋の切り口に添える。


「いいえ、是が非でも止めてみせます。そんな勝手は許しません!」

 楓の身勝手な振る舞いを止めようとする琴海。抵抗する楓。

 そんな二人を煉瓦造りの道を挟んだ先で、秋穂は微笑まし気に見つめる。


「はあー善きに良き。喧嘩する程仲の良いカップリング成分、アリガタヤ〜」


「訳の分からない事言って拝んでないで、紺野さんも止めて下さーい!」


「え〜、しょうがないなぁ。高橋さんステイステイ〜」

 琴海の必死な様子に、ヤレヤレとばかりに呑気な足取りで二人へと向かう秋穂。

 だがその時。


──カラン

 秋穂のつま先は、何かを蹴った。

 それは石ころの様に軽くて、小さなはこ

 我知らず、琴海はその異物を視線で追う。

 それからは一瞬の出来事だった。


 先ず、瞬時に床が抜けて内側に崩れ落ち、はこが床の中に墜ちる。

 穴は急速に拡大し、周囲にいた研究者や植物を引きずり込んでいく。

 そして穴の縁が秋穂の足下に届き、彼女の姿が下へ下へ。


「だめっ!」

 琴海は咄嗟に楓を突き放し手を伸ばして秋穂の腕を掴むと、身体を捻って水槽塔の方へと突き飛ばす。

 驚く二人。琴海も離れようとし、片足が宙を蹴った。


(あれ──?)

 込み上がる浮遊感、始まる落下。

 後ろへ、後ろへと流れる景色と共に、琴海の身体が暗闇へと吸い込まれる。


「琴海!」

「音宮さんっっ!」

 二人の絶叫が遠退いていく。

 反して琴海は冷静だった。冷静に、これから訪れるであろう死を、覚悟した。






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 次回から暫く前後編でお送りします。

 トータル1話辺り2週ペースでの更新となりますのでご留意くださいm(_ _)m


 引き続き希望ノ使徒をよろしくお願いします。

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