希望ノ使徒

無気力なすび

第1話 星降りの日

 煮え滾たぎる光景、燃え尽きる村。

 冒涜的で暴虐的に暴れ狂う炎が、少年の視界を覆い尽くしていく。


 昨日まで仲良く遊び、友情を育んだ友達ともたち

 面倒を見てくれ、暖かく見守ってくれた大人達。

 炎の向こう側から響く彼等の断末魔、悲鳴、絶望。


 (イヤだ……恐い……何で…どうして──)

 理不尽な恐怖に対する疑問で、思考が埋め尽くされる。

 夢であって欲しい、嘘であって欲しい。

 しかし肌を刺すその熱さが、現実であることを突き付けていた。




⏳ ⏳ ⏳




 その日、父の仕事の手伝いで熱帯雨林の森に行く時までは、いつも通りの日常だった。

 時折道行く村人と軽く言葉を交え、野生の果物を見つけたらそれを採取し、森へ向かう。


 (これだけあれば、父ちゃんきっと喜ぶぞ)

 薬の材料を揃えるのに、それ程時間はかからなかった。

 額の汗を拭いつつ、足取り軽やかに村へと駆け出す。

 あと少し進めば木々は拓け、そうすれば村は目前だ。


 だが少年を出迎えたのは、村があった場所に広がる、熱を帯びた風景だった。




⌛ ⌛ ⌛




 揺らめく炎の向こう側。人影が浮かび上がり、絶叫と共に

 目の前の光景に理解が追い付かない。

 しかし確実に、恐怖はじわりと少年を襲う。


「〜♬、〜〜♪」

 緩やかに拡がる破壊、絶望、苦痛。

 それに紛れて耳に入る、鈴を想わせる鼻歌。

 焔の向こう側からこぼれる、小さな旋律ハミング。ハッキリとした音色ねいろを伴って。


 (きっとあの子だ……ヤッパリあれは夢なんかじゃなかったんだ!)

 かつての記憶を想起して、近くの大きな葉が特徴的な植物の茂みに身を隠す。


 今でも、蘇る記憶は鮮明だ。

 村でも有名ないじめっ子が鼻歌の主によってワニの住む川へ突き落とされ、バラバラになっていく光景。

 しかし翌日、彼はまるで何事も無かったかのように学校へ姿を見せていた。


 これまでとは異なる違和感をともなって。


 村を破壊した者が、業火の陰から姿を表す。

 少女だった。

 枯れることを知らない、小さな花を想わせる可愛らしい少女。

 湖面を踊る妖精の様に、軽やかな足取りでこちらに向かい来る、純粋悪。


 きっと本人に悪意は無いのであろう。

 圧倒的な愛情を持って、村にあった何もかもを焼却無かったことにするのだろう。


 そんな彼女の在り方を前に、本性を垣間見ていた少年はおののいて、せめて見つからぬようにと地に身体を押し付けた。


 徐々に縮まる、少年と少女の距離。

 見つかれば、れ即ち死。

 必死に息を殺し、身を潜める。


 (来ないで、来ないで、来るな、来るな!)

 段々と大きくなる、身勝手なる殺戮者の足音。

 悲鳴を堪え、固く目を閉じる。

 心臓が飛び出しそうな程の耐え難い恐怖に意識は朦朧もうろうとし、そして闇へと沈んでいった。




8 8 8




「う……うぅ………」

 シトシトと降る雨が、夜明けを告げる。

 少年の意識はジメっとした地面を認識し、次に僅かな痛みを感じて目を開く。


 湿り気を帯びた葉が守ってくれていたのか、右腕と左頬に軽く火傷を負った程度で済んでいた。

 脅威は去ったのか、少女の姿は見当たらない。


 「家に、帰らなきゃ……」

 よろよろと立ち上がり、家に向かってフラフラと歩き始める。


 焼け落ちて未だ煙がくすぶる家屋。

 知り合いだったと思われる、数々の烈断されて炭となった遺体の側を、重たい足取りで通り過ぎて行く。


 不思議と涙は出なかった。

 脳が現実と受け入れなかったのか、それとも悲しみが大きすぎて泣くことすら出来ないのか、定かではない。

 ただただ空虚を見つめ、灰の上を死人の様に進み続ける。


 やがて辿り着いた、村外れにある焼け落ちた廃屋。

 それは父が出迎えてくれるはずだった、少年の家。


 黒焦げになった残骸を踏みしめ、中に入る。

 木炭のチクチクとした感触が僅かな熱を伴って、足の裏を傷付けた。でも、そんな事は気にならない。


 心の穴が、広すぎて。


 焦げた骨組みとなった家屋の最奥。

 父の書斎があったと思われる場所、焼け落ちた柱のみとなった部屋。


 そこで少年の目に入った、かつての父の姿。

 部屋の片隅に転がる身体にはもう、面影すら見当たらない。


 「父ちゃん……薬の材料、取ってきたよ。だから起きて……起きてよ」

 かごを置き、力無く揺さぶる。

 だがそれは叶わぬ願いで、その言葉は誰にも届かない。


 「ぁ…ぁあ……っうう…ぅあ……ああ──」


 生気を失った目から、とめどなくあふれ出る涙。

 父はもう、いない。

 友も、隣人も、村人も、故郷も、全て失った。


 少年は泣いた。声を上げて泣き続けた。

 いつまでも、いつまでも。

 やがて彼の師匠が訪れる、その時まで。




✧ ✧ ✧




 星降りの予言

 それは、預言者達による命を懸けてつむがれた予言の総称。

 紀元前の苦難を得た預言者と、様々な太古の文明で伝わる未来の残響。


 かつて誰もが聞き流すような戯言たわごととして流された妄言は、いつしか予言という概念のうつわを得て大衆に蘇り、時代と国境をまたいで全世界に広まった。


 「見よ、天から光が降り注ぐ。分かたれた人輪じんりんは繋がり、時代の夜明けを共に歩むだろう」

 バビロン終焉記、最終章九節より。


 「失意に嘆く者は見上げなさい。あれ等は我々のために与えられる。世のまつりごとは光の下にあり、その名は『虚構の数、偽りの実体、未知なる探求』と呼ばれる」

 霊帝凱旋録れいていがいせんろく、八章十二節より。


民人たみびとよ。あなた達はこの世で最も小さなモノだが、その世界を照らす日はあなた方の内から我々のために出る。その者は遥か未来で生まれ、全てを過去に還すだろう」

 マハーラーパタ文呪、解読結果より。


 それ等の預言は密かに、まるで子供達が夢見るお伽噺とぎばなしのように扱われ、国境を越えて圧政に苦しむ民人のささやかな心のり所となっていた。

 子供達を除いて、誰もが本気にしないまま。


 時に西暦元年、ふるき紀元前の終わり。

 約束された暗天からの星光おくりものが地表に、海洋に、に降り注いだ。


 星の輝きが失われた夜空。

 月と太陽だけが空を制し、全ての言語が歪な形に統一変質した事で、人類に混乱をもたらした時代。


 しかし文明は類を見ない程に発展し、国家や部族は無数に繋がって、やがて人類はかつて無い程に繁栄を極めていった。


 後に人々はこの日を【星降りの日】と呼び、西暦元年としてして定め、新たなる歴史の幕を上げる。


 そして今、私の前に立つ強力な陰。

 闇を写す瞳の彼。

 漆黒の外套がいとうを纏った銃士あなた


 凶器として生み出され、仮初めの平和を植え付けられた私をいさめてくれた、この終わりかけた世界で共に闘うと約束してくれた、最優の能力者。


 はんさだつぐ


 我知らず、私は出会ったあの時と同じようにあなたの背中を見つめる。

 あの頃もあなたは暗闇を突き進んでいて、きっと私の知らないところでも戦い続けていて。


 なのに、私はあまりにも多くを知らなさすぎた。

 自分が何者なのかも。

 お父さんが何故死んだのかも。

 星降りの日というものが、本当は人類に何を与えたのかも。

 そして、お母さんが何をしていたのかも。


 お母さん、鈴音すずねお義母さん。

 誰よりも堪え続けたひと。

 私のために、平和な世界を歩ませてくれたひと。


 あの頃の私は恵まれ過ぎていて、今でも分からない事はあって、それでも確かに言えることもあって。

 例えば、そう。私はおとみやすずのことが、ずっと──






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