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幸治君と並びオフィス街をゆっくりと駅に向かい歩いていく。




「“中華料理屋 安部”がなくなったと思ってたら、こんなオフィス街に“ラーメン 安部”っていうお店があって思わず逃げ込んじゃったよ。

そしたら中に幸治君がいてビックリしちゃった。」




「“中華料理屋 安部”の方は永家不動産に土地を売ったんですよね。

知りませんでしたか?」




「私が永家不動産の営業部にいたのは2ヶ月間だけだったから。

今は経理部に戻ってるの。」




「そうだったんですか。

中華料理屋の方を売った資金とあの2人が自分達で貯めていたお金で、大学を卒業してからラーメン屋を開いたんです。

俺の職場の顧問先の人が所有している建物で、賃料を安くしてくれていて。

なのでこの場所でも結構順調に利益が出ていますね。」




幸治君は楽しそうに笑いだし、その静かな笑い声をオフィス街で聞くことになったことが“嬉しい”と思った。




「俺の職場のトップの人は俺の友達で。

あのラーメン屋の場所を探してくれたのもその人で、俺が住む場所を安く貸してくれる人を探してくれたのもその人で。」




そう言いながら駅と反対側を指差した。




「向こうの方にある2LDKのマンションに安く住まわせてくれてはいるんですけど、その代わりにマジで大変で!!

去年の8月まで俺のプライベートの時間はほぼないに等しかったんですよ!!」




大笑いしながらも幸治君は続ける。

幸治君がこんなに大笑いしている所を初めて見た。




「その人のことが大好きなんだ?」




「それはないですね。

煩くて、面倒で、マジでヤバい人なんですよね。」




そんな返事をしながらも楽しそうに笑っている幸治君の横顔を見ながら、私も自然と笑顔になった。




お父さんから貰った高額の商品券が入った鞄は肩に掛けているだけ。

幸治君がプレゼントしてくれた可愛いタオルハンカチを両手で持っているので、鞄の持ち手を握り締めることは出来ない。




なんだか“いけないコト”をしているようだった。




高額な商品券が入った鞄よりも300円のプレゼントを両手で持って、なんだか“いけないコト”をしている気分になる。




でも、私にとっては高額な商品券よりも300円の可愛いタオルハンカチの方が“嬉しい”と思えた。




幸治君がプレゼントしてくれた可愛いタオルハンカチを握り締めながら、“いけないコト”をしている気分になりながら、嬉しそうに笑い続けている幸治君の横顔を見上げながら伝えた。




「幸治君が頑張っている姿をそのお友達は見てくれてたんじゃないのかな?

幸治君があんなに頑張っている姿を見て、幸治君の為に自分が出来ることをしたいと思ったんじゃないのかな?」




そう伝えた時、幸治君は足を止めた。

釣られるように私も足を止めると、気付いた。

あんなにゆっくりと歩いていたけれど、もう駅に着いていたことに。




「俺も見てきましたよ、羽鳥さんが頑張っていた姿を。

だからこれからは羽鳥さんがしたいと思っていた、“いけないコト”を沢山して欲しいと思います。」

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