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私の言葉に幸治君の妹は困った顔で笑い、カウンターの向こう側にいる弟も同じ顔で笑っている。




「親と俺のエゴを押し付けていただけでした。」




静かな声で幸治君が言った。

幸治君に視線を移すと、幸治君は2人と同じ困った顔で笑っている。




「子連れ同士で再婚した両親は2人とも料理人。

再婚して住宅街に開いた小さな中華料理屋は駅前の開発の影響で人はあまり入らなくなり、2人とも外で働き始めたは良いけど物凄く稼げるものではないので。」




私の目の前にあるラーメンを見詰めながら幸治君は続ける。




「子ども達には“良い大学を出て”と、そして“安定して稼げる仕事に就きな”と、そう言っていて。

俺は1番上の子どもとして両親の苦労も見ていたので、その通りだなと思っていて。

だから下のきょうだいのことを想ってあんな風に生きてきましたけど。」




困った顔で笑いながら妹と弟に視線を移した。




「料理人として働く両親のこと、そして俺のこと、下のきょうだい達はみんな尊敬してくれていたようで。

“大きくなったらお父さんとお母さんとお兄ちゃんみたいになりたい”と、そう思ってくれていたみたいで。」




嬉しそうな顔で笑い始め、私のことを真っ直ぐと見てきた。




「親も俺もこの子達の幸せを願って動いてきましたけどね。

でも、親も俺も知らないこの子達の夢がありました。」




「でも!!大学では経営と経済を2人で学べたから!!

それを学びながら料理の修行も出来る時間が大学在学中にあったから、お兄ちゃんには本当に感謝してるんだよ!!」




幸治君の妹が必死な顔で幸治君に伝えようとしているのが分かる。




「お兄ちゃんが私達の為に頑張ってくれてた姿は私達の中にずっとある。

お金もあんまりなかったしお父さんもお母さんも家にあんまりいなくて大変なことも沢山あったけど、お兄ちゃんがいたから私達も頑張ろうと思えてた。」




幸治君の妹の言葉を聞き、何故だか私のお父さんの姿が浮かんできた。

増田財閥の本家の為に自分の夢を諦めながら生きてきたお父さんの姿が。

そして私のお母さんと私の為に、お母さんと離婚までしたお父さんの姿が。




「お兄ちゃんが私達の為に頑張ってくれてたから、私達も頑張れるんだよ。」




幸治君の妹の想いを聞きながら食べた醤油ラーメンの味は、私が知っているたった1つの醤油ラーメンとよく似ていた。




でも・・・




幸治君が私に出してくれていた醤油ラーメンの方がずっとずっと美味しかったような気がした。

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