今度私と、デートしない?(朗読台本&小説)
つづり
今度私と、デートしない?
デートをしようと、友人が言ってきたので、私は小首をかしげた。
私と彼は、仕事の同僚であり、趣味が共通していたので、ランチをともにすることもある友人だった。
「なんで、デート……」
「え、だって、最近退屈なんでしょ……だったらさ、今度本屋の手伝いの後にデートしよう」
私と彼には懇意にしてる古書店があり、今度本の整頓の手伝いをすることになっていた。その手伝いをする日にデートをしようと言い出したのは流石に驚いた。
「どうせ、作業は午前中だし……その後、いつもご飯食って解散って流れじゃない。でもその日、一日、僕と遊ぶのに使ってよ」
「うーん」とつぶやきながら、私はパスタをフォークでくるくると巻き込む。そう、私は退屈だった。いつもどこか心が満たされてなかった気がするし、少々仕事に疲れてた。
青空を見ると、ちょっと疲れた気分が増えてしまい、地面とスマホをついつい見てしまうくらいだった。
彼は別に悪い人間ではないし、仲良くしている私の気分を少しでも盛り上げようとしたいという意思は強く感じられた。何より今まで積み上げた関係が、大丈夫と太鼓判を押すような気がした。
私は思ったより軽い態度で
「いいよ」と言った。
彼はすごく嬉しそうな顔をした。
デートの前日、私は早めに横になってた。
本の整頓作業すること、その後でデートもあること、ということを考えると、随分着るものや、アクセサリに気を遣いはじめる自分が居た。話が出て、了承するときは深く考えなかったが。彼とデートするということに、わずかに緊張する自分が居た。
……どきどきする。こんなの久しぶりのことだった。
私は寝るとき、大きな抱きまくらを抱く。わんこの形をした抱きまくらで、友人が引越し祝いに送ってくれたものだ。
洗ったりもしているが、それでもずいぶんと長く愛用してるので、くたびれ始めてる。もしこの世で、一番私の寝顔を見ているとすれば、この抱きまくらだろう。最後に人間を抱きしめたのって、いつだっけ……二年前近くだ。その時私が抱きしめた人は、なんだか嫌な別れをした。
いつのまにか双方で連絡をとりあうことがなくなり、すうと蜃気楼のように、お互いの人生からいなくなってしまった。
「小説読まない人だったな」
思わず呟いてた。
趣味嗜好はまるで合わないのに、はちみつのように甘い時期もあった。だがいつのまにか、お互いに蜃気楼になった。触れようと思っても。もう、すでに居ない。
私はぎゅっと目をつむった。深く沈んでいきそうな気分を、少しでもより良いところにとどめておくために。明日はデートなのだ、彼に暗い顔を見せたくなかった。
彼は悪くないひとなのだ。
最後に彼のことを思い浮かべて寝たせいか、夜明けの光をほのかに感じながら夢を見た。
何故か私と彼は肉まんを食べることになってた。大きいと肉の旨さが抜群と評判の店で、三十分近くも並んでいた。
季節は冬という設定になってて、その割に日差しも出て暖かな日だった。私はぶ厚めのマフラーをつけてた。
「こんなふうに温かいなら、つけなくてよかったかも」
「でも夕方になったら、冷えちゃうから、つけて正解だと思うよ」
「確かに……そう言う、あなたの恰好、夕方になったら冷えちゃうかも」
落ち着いた色のジャケットを着てはいたが、それ以上の防寒的な要素が見当たらない彼の服に私は怪訝な顔をした。
彼は苦笑いして。
「大丈夫、元雪国の人間だよ? 都会の寒さなんて、平気平気」
「もうこっちに出て何年も経ってるのに? すごいわね」
「まあ、いざとなったら、千鶴子さんのマフラー借りますね」
彼が屈託のない笑顔で、私を見てきたので、私はこらっと言いつつ口元をゆるめた。
「この間、買った本の感想を教えてくれたら、いいかな」
彼はやったと言う。お互いを見合い、にこにことする。その空気はあまりに暖かく。秋の落葉樹の森で子どもたちが葉っぱで遊びだすような、優しさと平和に満ちていた。
だから、こんなに私と彼は仲良かったっけと頭の端で気づいた時、ほんの少し切なかった。私の願望だったのかもと思った。
もうしばらく、一人で過ごすことが多くて、誰かが隣にいないことに慣れきる代わりに、心の中は、乾いた砂漠のようだった。
予定の時刻より早くついてしまい、私は駅構内の柱によりかかり本を読んでた。赤い背表紙をつけた本をゆっくり読もうとしたが、彼がもうすぐ来るのだと思うと、どこか緊張とわくわくしてる自分がいた。デートをすると言っているが、別に普段と特段変わった行動をするわけでもない。だけど私の心は確実に華やいでた。
何を期待しているんだろう。私はそっと頬が熱くなるのを感じ、思わず本のページから目をそらした。その時だ。
「あ、いたいた。おまたせしました」
彼がひょいと手をあげて声をかけてくる。少し急いできたのだろうか、肩が上下していた。
「だ、大丈夫……全然待ってないから」
一瞬言葉が詰まった。彼のスーツではない恰好は、見たことがないというのは嘘だが、久しぶりなこともあって、ぎゅっと私の心を掴んだ。今まで見えなかった一面が服装を通じて感じてると言うか、私の心は過敏すぎないかと思った。自意識過剰過ぎて困り果てた、学生の頃のようじゃないか。
私は自分のことが急にわからなくなり、しかしそれを表にも出せず、ただドキドキする感情に溺れかけた。
その古書店は、おばあちゃんとバイトが切り盛りする古書店だった。だんなさんが亡くなり、おばあちゃんが引き継いだが、本の整理をする時、自分たちではまかないきれず、常連だった私達に声をかけたのだ。
「うちの本を大事にしてくれるからねぇ」
おばあちゃん店主にニコニコと言われてしまっては、断ることを忘れるほどだった。このおばあちゃんは、本を見る目はそれほどらしいが、とにかくしゃべってると心がほっこりした。
本の名前を揃えたり、引き取った本の状態を確認したり、作業はもくもくとすすんだ。初めてではないので、お互いに最効率でやろうとする。しかし根の詰まる作業でもあるで、一時間半もやってると、ため息が出てしまった。
「今回、あたらしく入った本多いんですね」
彼がバイト君に話しかけた。
「ええ、でかけやすくなったこともあるんでしょうけど、急に持ち込み増えましたねぇ」
「なら、くたびれないよう、こまめに休憩とったほういいですね」
「たしかに」
バイト君はハッとした顔をして、本の表紙のキズチェックをしていた店主に声をかけた。
「ちょっと休憩しましょうか」
店主は鷹揚に頷いた。
「じゃあ、お茶でもいれようかねぇ」
バイト君と店主がやり取りしてた横で、こっそりと彼は私に言った。
「休憩ゲットです、千鶴子さんもやすみましょ」
随分、眉間にシワよってましたからと笑う彼に。
「まさかこの休憩……わ、私のために??」
と言いながら私は仰天した。彼はその問いに、ニコニコとした笑顔を浮かべた。その態度がなんだかかっこよくて、私は唇を結んだ。
もう少しで、変な声が漏れそうだった。
彼と私の関係はそもそも、私が指導役で彼の面倒を見たことから始まる。彼は仕事も態度も、その頃からよくできてて、なんだか教えることがないなぁって思うくらいだった。
ただそれでもミスしないってことはなく、ふとしたおりに、大事にはいたらなかったがなかなかのミスしたことはあった。
彼はメンタルコントロールがしっかりしているのか、あまり大きな変化は感じなかったが、その頃一番そばに居たせいか、ほんの少しいつもより、深いため息をついていることに感づいた。
「ちょっと息抜こうかー」
私は缶コーヒーを差し出すと、彼はきょとんと目を丸くした。
それは子犬がびっくりした様子にも見えて、私はなんだか可愛く見えた。
「え、もう少しでおわりますけど、この作業……」
「まあ、そうだけど、ちょっと一息つかないと、パンクしちゃうよ?」
「パンク……」
「うん……あなたはだいぶ人としてできてるけど、すごいさっきから根を詰めて仕事してるじゃない。そんな焦んなくてもだいじょうぶだから」
「でも……」
「もしなんかあっても、私が責任取るから、むしろこういう守ってもらえる時期に、自分が苦しくないやり方見つけるのも、仕事かもしれないよ」
「なるほど……」
彼は缶コーヒーに口をつけた。あれ、と言う。
「めちゃくちゃ、うまい……」
その言葉を、今の彼がもう一度言った。
「めちゃくちゃ、うまい……」
冷たい緑茶を飲んだ彼の感想だった。
おばあちゃん店主は、こくこくと頷いた。
「ああ、それは千鶴子ちゃんがいれてくれたのよー」
「そういや、二人で準備してましたね」
バイト君がそう言ったので、私は頷いた。
「親直伝の冷やし緑茶です」
氷で冷やしているが、薄く感じず、お茶の甘さすら感じる緑茶。
おいしくて親に作り方をせがんで教えてもらったが、あまり人に振る舞ったことがなかった。でも気遣いしてくれた彼に、そして一緒に作業してくれる本屋の人たちに振る舞いたかった。
おばあちゃん店主もバイト君も、水ようかんのお供に美味しそうに飲んでいる。しかし彼は何故か、まじまじと緑茶を見てる。。
「あれ。どうしたの」
私が声かけると、彼はなんだか照れくさそうに、目を細めた。
「いや、おいしくて、飲むのが、もったいないなって……」
「そんな大したものじゃないから……う」
「う?」
「いや、なんでもない……何言おうか忘れちゃった」
「あるある」
彼はそう言いつつ、小さく吹き出すように笑った。
自分のごまかしの下手くそさに苦笑しつつ、ホントは何を言おうとしたのか、ばれずに済んでよかったと思った。
うちにきたら、いくらでも……と言うのが、気恥ずかしすぎた。
彼を家に誘うことへのハードルが、こんなにも低くなっているのかと感じた。だからこそ余計に恥ずかしくなったのかもしれない。
私は、彼に何を期待して、どんな感情を持っているのだろう。
何かが始まりそうで、でもまだナニモノでもない温かい感情に沈んでいた。頭がふわふわした。
「じゃあ、ありがとねぇ」
作業が終わり、おばあちゃん店主とバイト君と別れ、私と彼は一息つくために喫茶店に入った。大盛りのナポリタンが有名なところで、彼はお腹すいたと、ナポリタンを頼んでいた。
私も疲れているはずだったのだが、食欲があまりわかず、色合いのきれいなクリームメロンソーダを頼んだ。
先にしゅわしゅわと泡の音が立つ、クリームメロンソーダが来た。
鮮やかな翠のメロンソーダの上に、白く円形のバニラアイスがちょこんと鎮座していた。さくらんぼも添えられている。
「秋だってのに、まだ暑くて、こういうのが飲みたくなる」
私がそういうと、ああ、確かにと彼は頷いた。
「九月だから、秋の商品とかでいっぱいになってきましたけど。まだ八月の延長線みたい」
「暦での上では秋かもだけど、夏なのか、秋なのか。境界線が曖昧よね」
私がくすくす笑うと、彼は考えるポーズをとりながら、たしかになぁと口にした。
「昔ですけど、夏休みの終わりもこんな感じでしたね。夏のおわりなのに、まだ暑くて、夕方になると少し涼しくなっていく」
「そうね、最近も夕方少し涼しくなってたし、夏休みの終わりの頃みたい」
「楽しいけど、終わりを感じて、また新学期が始まったら、こんなふうに遊んでられないんだろうなぁとか思ったなぁ」
「あー……なんとなく寂しいやつだ」
「ですねぇ、でも今日は千鶴子さんいるんで、平気ですけどね」
「え、ええと……」
息を不意に吸い込みそうになって、慌ててこらえた。急にどきりとさせられて、動揺が隠しきれなかった。
「夏休みの話でしたよね?」
確認するように、じっと見ると、彼は小さく頷いた。
「そうでしたけど、飛躍しちゃいました」
デートですしと彼があっけらかんとしたようすで微笑んだので
私は視線を思わず外していた。
「な、なるほど」
前の彼氏からずいぶん長く、デートなんてしたことなかったこともあって、余計に心に響くものがあったかもしれなかった。
ちょうど折よく、ナポリタンが届き、彼が子供のように喜んで食べはじめる。私の動揺があまり露呈しなかったのが、幸いだった。
それにしても友人ではあるが、仕事の同僚でもある私と、デートをしようと言い出した理由がわからなかった。
人当たりのいい彼の評判はよかったし。好意だって寄せる人もいてもおかしくない。それなのに、趣味が共通というだけの友人に、わざわざデートをしようとか、言い出すのか……?
誘われたくせに、急に不安を感じてしまった。
「……」
メロンソーダが急に甘ったるく感じてきて、思わず飲むのを止める。アイスクリームがシュワシュワと、炭酸水に溶けていく。
きれいな翠の炭酸水が白に侵されていくのが、やたら目に焼き付きた。
食事のあと、最近二人でハマっているミステリーシリーズの舞台になっているという美術館に行くことになった。
彼と仲良くなったきっかけの小説で、探偵に憧れる少女と、生活能力がまるでない美術専門の探偵のどたばたミステリーだ。
「この作品の前で、あの二人は出会ったんでしょうかね」
彼がそう言ったのに、反応が遅れた。
「え、ああ、そうかも? 乙女の彫刻の前で会ったとか、書いてたよね」
反応の遅さを取り返そうと、急いで反応したが、微妙な間が生じたことは否めなかった。彼はなんだか心配したように、眉を下げた。
「どうしました? なにか考えてるようにも見えたけど……」
「いや、そんなことは……ちょっと上の空だったかも」
私は苦笑して、あ、あっちの作品でも見ようかと誤魔化そうとする。彼は何を思って、デートに誘ったのか気になりすぎて、気がそぞろになってるなんて言えなかった。
深く考えればドツボにはまってしまうから、少しでも思考しないようにしてるのに、頭にこびりついて離れないのだ。
彼は私の誘いにのらず、ちょっと三階行きましょうかと言った。
今いる一階からの急な移動である。
「どうして? なにかあるの?」
「まあ、行きましょ。悪いことはないので」
スマートな行動が多い彼にしては。珍しく、明らかな誘導が見えるというか。何かしらの思惑がすけて見えた。
「いいよ、行きましょ」
……私は彼の思惑にのることにした。
なにかとんでもないことにはならないだろうという、確信めいたものがあった。
二人でエレベータにのると、彼はこう言った。
「僕がいいって、言うまで……目をつむっててくださいね」
「えっ、なんで」
「いいから、目をつむって」
優しいけれど、少し強く念を押され、私は目をつむった。
小説を通じて、この美術館のことを知っていたが、そういえば三階の描写までなかった気がする。
一体何があるんだろうと思っていると、エレベータに止まった時特有の揺れと、到着を告げるチャイムが鳴った。
「どうぞ、目を開けてください」
目を開けた途端、私の目に写ったのは
まばゆい赤の光と、それに寄り添う黒の世界だった。
私は思わず息を飲んだ。
「ここ、夕焼けの朱が映えるように設計されたラウンジなんです」
黒い椅子に腰掛けながら、彼は言った。
私のいるところは黒を基調にした空間で、独特な形をした窓には夕焼けの光が差し込んでいた。その光は鮮烈で、窓が真っ赤に見えるくらいだ。赤と黒がお互いの色を引き立たてて、独特な空間を作っている。
「あの小説にも出てない場所なんです、すごいでしょ」
にっこりと子供のように微笑む彼に、私はこくこくと頷いた。
「びっくりした、ほんときれいというか、新鮮だった」
あんな風景を見たことがなかった。それなりに大人になると、なにかわかった気がして、色々と新鮮味を失うような感じがしたが、
今見た赤と黒の風景に私はドキドキしていた。
「よかった。ああーデートに誘ってよかったなぁ」
千鶴子さんの今の顔が見たかった。
そう呟いた彼に、私は小首をかしげた。
「今の顔?」
彼は頷いた。
「目がきらきらしてて、すっごいわくわくしてる顔……」
私は思わず口元を手で抑えた。
確かに、そんな顔をするのは久しぶりだった。
前の彼と疎遠になっていくうちに、なんだか世界の色が褪せたように見えて、表情もとぼしくなっていったのを思い出した。
「僕が見てる範囲ですけど、千鶴子さん、楽しそうにしてはいるけど、どこかつまんなそうにしてるなって思ってて……だからとびきりすごい光景を見せて、楽しんでほしかったんです」
「それは嬉しいけど、どうして私に……」
彼はうーんと、少しだけ声を潜めた。
「僕も同じだったからかな」
もう、だいぶつまんなくはならなくなりましたけど……と彼は私を優しく見た。夕焼けの日差しの影響なのか、それとも違う理由なのか、彼の頬は赤く見えた。
「だから、あなたを楽しませたかった、どうです? 僕のデート」
「すごい、良く出来てると思いました……あの、すごく嬉しかった」
私は蜃気楼じゃなかったと思った。誰の前でも消えてく存在じゃないかとおもったけど、彼は私を私と認めて、私に新鮮な驚きを見せたかったのだろう。
彼は私に手を差し出した。
ならば、私にだって、勇気を出す権利もあるんじゃなかろうか。
「直島君」
私は彼のことを読んだ。
「今度も、私とデートしない?」
今度私と、デートしない?(朗読台本&小説) つづり @hujiiroame
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