ep2:「あなたの好みになったのに……」

以下、青氏主催企画にて




 ——せっかくあなたの好みになったなのに。


 きっかけは子供会のキャンプだった。あれは5年前。たしか、あたしが小3のときだったかな。同い年の子をあつめて海の見えるキャンプ場でキャンプをしたときの話。


 私は今思えば恋愛にはかなり疎かったと思う。だって、真夏にコートを着ようとしたり、真冬に水着で外出ようとしたり、ファッションセンスや女子力なるものは微塵もなかった。そのせいだろうな……、人付き合いもそんなにうまくなくて……。


 でも彼、名前を梓山杞憂あずやまきゆう——杞憂きゆう君に出会た。杞憂君は簡単にいったら、まじめ君だった。いつも慎重でやることすべてが知的に見えて、私の破天荒さをいつも心配してくれた。


 一番覚えているのはあたしが海で溺れていた時に、必死になって助けてくれたことかな。杞憂君も泳げないのに、あたしを見てくれたから、真っ先に助けてくれたんだろうと思っていた。あたしなんかのために、杞憂君が本気で助けてくれた……。


 その優しさに救われたような、なんだろう、惚れたというか……。初めて好きという感情が芽生えたのをぼんやりと覚えている。




 たしか小5の時かな、初めて杞憂君と同じクラスになれた。とても嬉しかった。だって、杞憂君にまた会えるから。また助けてもらえるというか、心配してくれる、いや気にかけてもらえる。当時からも人間関係に疎いあたしはそれだけで嬉しかった。


 でも、優等生だからかな、杞憂君は悪くない。悪いのは杞憂君の周り屯うあたし以外。あたしだけを見てほしいのに、いや、それほどではないにしても、せめて私を見てほしかった。


 ——だから、あたしは変わることを決意した。


 良さのわからぬネイルや名前すらも知らない髪形を真似てみて、今に至る。短かった髪を伸ばしてツインテール、淡いピンク色のネイル、肌の対策の保湿クリームとか、向日葵の香水。頑張ったといっても、傍からみるとたったこれだけだろう。あたしはこれくらいしかできなかった。あたしがやってきたのはあのたむろしていた女子の特徴を列挙しただけだ。


 ホントは、こんな、ことなんてしたくなかった。お金がかかるし、杞憂君を騙すような演技なんかしたくない。


 ——でも、あたしは杞憂君が大好き……。


 これを伝えれば、もうどうでもいい。好かれようが、どうだろうが、もうどうだっていい……。そう心に決めていた。




 中2の冬。幾年ぶりにクラスメイトになった。冷たい風が吹き荒れるとある日、杞憂君に『屋上に来て』とだけ、ラブレターで伝えてその瞬間ときを待つ。

 

 ふと屋上から見える風景を眺める。登下校の時間。部活の始まり、混雑して使い物にならない校門付近……。音は風が空を切る音と飛行機の音だけ。それと、私のやけに速い心臓の音だけだ。


 その音にキィーというドアの開く音。


 振り返ってみるとそこには杞憂君がいた。


「えっ、茅芽かやめさん?」


 あたしの名前を呼んでくれた。少し驚いた表情で、眼鏡の奥の瞳が小さくなる。


「梓山君、来てくれたんだ……」


 呼び慣れてないその名前を口に出す。私は走って彼の前に立つ。目の前でみると制服の杞憂君の印象はやっぱりまじめだった。眼鏡をかけはじめて、整った顔で、真剣な顔でこっちを見てくれる。


「茅芽さん、どうしたの?」


 私は間髪入れずにこの言葉を叫んだ。




「私、梓山君の……、杞憂君が好き! だから……」



 驚いた顔をしていた。眼鏡越しの瞳が小さくなって、口も少し開いている。私も呼吸ができない。突風が吹いた。それは、彼の返事と同じ一瞬、いやこれはただの言い訳かな……。


 聞こえたよ、梓山君……。




「……昔の茅芽さんの方が好きだったのに」



 この言葉が私の心を打ち砕いた。今までの写真にひびが入ったような、そんな音がした。


 なんで、どうして……。——いや思えば、簡単な事だったかな……。


 あの取り巻き達も結局は告白まではできなかった。もしくは、断ってくれたのかな、あたしが、活発なあたしが告白してくるのを……。


 そんな事が脳裏に浮かんだ途端、涙がこぼれてしまった。


 なんで、あたしは、変わろうとしたのかな。なんで、あたしは、杞憂君のことをもっと、考えられなかったのかな……。


 体を支えていたものが途切れていくような、心の内部の芯までえぐられたような。そんな気分に陥った。


 ——せっかくあなたの好みになったのに。


 いや違うかな、あたしが勝手にそう思っているだけで、あたしは……。




「杞憂君変わったんだね、告白を断るくらいに……。」




 そう言葉を残して、あたしはこの高い屋上から飛び降りた。


 杞憂君はとっさに手を伸ばした。


 でも、もうあたしを止めることはできなかった……。


 ED

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