あの日はアルストロメリアが咲かなかった。

@shiganaiya

第1話

プロローグ

 

「この天の川を見て皆が感動し、涙を流すだろう。」と古代の宇宙探検家サリオルノ=ニータルダルスドは自身の著書”我らが故郷”でこのように語っている。


ドリトルネ星系の惑星”砂星”で14月に南東経35°カウロピア大陸から見る天の川は本当に美しい。


昔、この銀河系で闇に身を委ねた錬金術師による大量虐殺が起こったとは信じられないだろう。


だが信じられないと言うことはこの世に腐るほどある。


例えば奇跡だ。奇跡というのは自由の下に起こる神にすら予測できない現象である。


奇跡を起こせるのはただ一人の天才、石原春だけである。



1話



コード10029:16 セバンヌ星系、惑星フィルスト、第二トゥルー基地、ゴリント・ペガサス副総裁へ告ぐ。


675/123反乱軍チレン・レオリコ総裁が帝国連邦政府によって元老院との会議中に拉致される。


980/312 反乱軍エール中隊 レオリコ総裁救助を引き換えに全滅。


     死んでいったエール中隊、隊長ガー二オ・マクダボットと隊員全員へ追悼の意を示す。


0735/5848 反乱軍エール小隊 救助したレオリコ総裁を第二トゥルー基地へ輸送中小惑星との衝突によって砂星の輪から弾かれ、レオリコ総裁を乗せたコクリコ号以外全機大破、遭難。


      救助を求むもトラクタービームの誤作動によって電波障害が発生、よって外部の船と連絡が取れない。


523/498 遭難三日目、食糧や水分に関する問題は今の所発生していないが外部と連絡が取れないためどうにもできない。


443/1098 遭難四日目、外部とコンタクトを取るためにトラクタービームを作動させ船と接触。


アウト、オーバー、クリア。



コクリコ号の中では船員五名がなるべく体力を使わないように常に寝ながら業務をこなしていた。


ある者は船内の部品を修理し、ある者は書類を整理し、ある者はスパイの情報を見極めていた。


コクリコ号はどこにでもあるような貨物船だったがモーションワープ機能と特殊コンピューターと武装が施され、反乱軍の誇り高きエール軍の所有する船となった。


内部はまさに我が家という感じでしっかりとしたキッチンやトイレ、バスルームが備え付けられており、個室が六つと無法者を取り締まる牢屋が一つの七つの部屋がある。


コックピットにはコンピューターと衝撃で壊れた操縦桿と計器の山が積まれている。


パイロットはなんとか操縦桿を修理しようとしたが挫折した。


今はオートパイロットで宇宙の生命反応を手がかりにあっちやこっちに動いて漂流している。


三年前、青鳥が飛び回る自然豊かなチクター星系の惑星シャンブレリスに、パイロットは家族と住んでいた。銀メッキのヘルメットを被った兵隊が馬鹿でかい輸送船に乗ってやってきた。方々の村を焼き尽くし、物資を奪い、村人を虐殺した。


その時点ではまだ”明日は我が身”という意識がなかった。


それが、今コクリコ号でリンドル・シーミナ一等航海士としてコックピットに座っている理由である。


午前34時ごろ、まだ青鳥が始まりを告げる鳴き声を発していない、まだ誰も起きていない時間帯。


ジートルニ団地の噴水の爆発音で皆皆が目を覚まし混乱状態に陥った。逃げ惑う人々の中で家族を見失ったリンドルは恐怖と混乱と不安でとにかく本能的に、生き残ることを目指し、家財も家族も捨てて走った。


皆が車や自転車や自家用機で逃げ惑う中、一人走ったり歩いたりして侵略から四時間経過した時点で避難所に辿り着き、知り合いが誰もいない中、孤独と不安と寒さに震えながら一夜を明かし、次の日大きなモニターにニュースが流れた時、男は生きる希望を失くした。


モニターにでかでかと妻と息子と娘の顔と死体が映し出され、避難所にいた全員がこちらを向き、どれだけ惨めな思いだったか。


そして、舌の根も乾かぬうちに、惑星シャンブレリスの代表はあっさりと九十億人の国民と8,000億m2の国土を皇帝と帝国に渡してしまった。


その後リンドルは流れるままにシャンブレリスの反乱軍に入隊し、初めてライフルを持ち度重なる襲撃に応戦した。


しかし、まともな訓練を受けていない一般市民が銃を持って戦ってもすぐに倒れ、怪我を負ったりして何度も何度もバクタタンク送りになり、自身の”帝国を破壊し、家族の仇を取る”という目標も薄れてきて何が何だかわからなくなった時、ついに運が尽きる。


リンドルは連邦政府の軍人に直接捕らえられ拷問室への輸送中、反乱軍基地から直々に送られてきた”エール大隊”の奇襲によって輸送船が大破し偶然牢獄の外にいたリンドルは自爆を防ぐための手錠のシールドによって守られ、地面に放り出されるもかすり傷二つ程度の怪我で反乱軍に救出された。


最初は反乱軍だということが分からず海賊船だと勘違いしたリンドルは「殺すなら殺せ」などとネガティブな暴言を吐き散らかし、自信の反乱に対する決意と帝国連邦政府に対する復讐心を延々と語った後に舌を噛み切って自殺しようとしたが、エール大隊の隊長が自身の正体を明かし、反乱軍へスカウトしコクリコ号の一等航海士に任命した。


その日からリンドルではなくなった。


過去は捨て去った。


今はただ総裁の言葉と巨悪への反乱に忠誠を誓うシーミナ一等航海士である。


過去を思い出していると、コックピット左部のコンピューターが生命反応を示した。


シーミナは跳ね起き、すぐに生命反応を解析した。


生命反応の持ち主は一人の人間の男性。回転式のコックピットとエンジン区画を持つ半円形の黒と赤のシャトルに乗っている。


すぐにトラクタービームを作動させ、コクリコ号コックピット下部に位置する捕獲空間に誘った。


カメラモニター越しにシャトルを凝視し、トラクタービームにかかるのを今か今かと待っていた。


そして一等航海士の願いが叶い、シャトルはコクリコ号の捕獲空間にしっかりと収められた。


シーミナはすぐさま全個室にマイクで”希望”を伝えた。


”希望”を聞いた船員達はすぐさまコックピットへ向かった。レオリコ総裁はシーミナに「シャトルはどこ?」と希望に満ち溢れた声で聞いた。


シーミナは「ここです」と言ってモニターを指差した。レオリコ総裁は位置を確認すると他の船員を連れてシャトルを見にいった。


赤と黒の船体がとても不気味な様相を呈していたが、中にいる男性に外に出てくるよう指示を出し、シャトルの持ち主の男性がハッチから姿を現した。


意外に若い男性だがあまり見ない顔立ちだ。身長が高くとてもスタイルが良い。


格好は黒のズボンに革のベルト、ハイカットのオールスターに白シャツの上のデニムベストから黒のサスペンダーが覗いている。


こちらを見るや否や懐から銃のようなものを取り出し、一人の船員に発砲した。


撃たれた船員は防弾ジャケットを着ていたから何ともなかったが、他の船員や総裁は希望が打ち砕かれた音を聞いた。


流れるように男を取り押さえようとした。


だが、男は「俺に触れたら死ぬぞ。」と脅しを効かせた。


総裁は少し踏みとどまったが、一人の愚かな船員が男の腕を掴んでしまった。


次の瞬間バタリと倒れて死んだように動かなくなってきしまった。


一同はざわめき、唯一冷静な総裁は「分かった。何なんだ。」と微量に動揺しながら問うた。


男は「死だ。」と冷酷に答えた。


総裁は「どんな?」と聞いた。


男は「普通の死だ。」と同じく冷酷に答えた。


総裁は「普通の死?・・・・音もなく死んでしまったじゃないか。」と言った。


男は近づきながら「そうだな。死は怖い。だから抑止力になる。皆気絶させられるのには何とも思わないが、死ぬのは嫌だろう?これを抑死力というんだ。」と意味不明なことを言った。


反乱者達はこの男は異常者だと悟った。一秒でも希望かもしれないと期待した自分達を心底恥じていた。同時にこんなときに意味不明なことをつらつらと述べる男に対して怒りさえも覚えていた。


その後一人の船員は自身の命と引き換えに男に手錠をかけ、牢屋へ閉じ込めた。


男はブツブツ言いながら牢屋で大人しくしていた。


男はベルトからピッキング道具を取り出し、手錠の鍵を最も簡単に開けてみせ、牢屋からのらりくらりと出てみせた。


船員はすぐに男を見つけ捉えようとしたが、男はマジックで船員に手錠をかけ、懐のホルスターから再び銃を取り出し、バレルで殴り、気絶した。


そして男のせいでピリついているコックピットにのうのうとやってきて「よう。」と言った。


一同はライフルを構えて総裁は「シャトルに乗って早く出てください。反乱同盟軍総裁として命令します。」と丁寧に言った。


しかし、男はのらりくらりと「命令してんじゃねえよ、お前は誰なんだよ。変なトラクタービームつけやがってよ。」と反抗した。


シーミナがいい加減にしろと怒鳴ろうとした次の瞬間である。


コクリコ号の船体が大きく揺れた。一同はよろけ、何とか倒れるのを防いだが総裁は男に寄りかかってしまった。


そしてコックピットから外を見たシーミナは唖然とした。


そこには帝国連邦政府の”ヴィクター級”がモーションジャンプでテレポートしコクリコ号を追撃しようとしていた。


どうやって場所を特定したのだろう。どこから情報が漏れたのだろう。こちら側にスパイがいたのだろうか。だとすれば誰だ。


いいや、落ち着けここは冷静になれ、と自分に言い聞かせるのが精一杯だった。


一同は驚愕の声をあげ、パニックに陥った。


一人の船員が言った。「シーミナ・・・!早く方向転換しろ!」


シーミナは「無理だ!操縦桿が壊れている限りてこでも水平移動を止めることができない!」


船員は「くそぉぉ!!!」と嘆いた。


総裁は即座に状況を整理し、一つの結論を出した、


「我々の船は動かないが、このコクリコ号の中に一台動く船がある。」そう言って男の方を見た。


男は「確かに俺の船は動く。武装もある。だがな誰だってただでは動きたくないもんだ。第一お互い名前も知らないだろう?」

この言葉の意味を反乱者達は心得ていた。


金をよこせということだ。


シーミナ含めまともな思考回路を持っている船員達は憤慨した。「この野郎!」と言って殴りかかろうとする船員もいたが男は冷静に「おっと、俺に触れたら死ぬことを忘れるなよ」と余裕を醸し出した、


レコリオ総裁は少し考えるそぶりを見せてこう言った。


「今この状況を打開できるのなら四百払います。名前を知らないのが不満なら名前を教えてください。私の名前はレオリコ。」


男は図々しくもこう言った。


「値段の交渉は後だ。金を払う気があるのか聞いているんだ。」


一同は男のゲスっぷりに心底呆れた。


「後名前だったな。そんなに知りたければ教えてやろう。石原春だ。」

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