7-10

 誰もが王太子殿下の態度に、信じられないとばかりに眉をひそめる。


「最近、どうなさったのかしら? あまりにも迂闊な行動が多過ぎると思いませんか?」


「ええ、王太子としての責務を疎かにし、聖都で平民の女性を囲って遊び惚けているとか」


「まぁ、その噂は本当でしたの? 王太子殿下に限ってと思っておりましたのに」


「私も嘘であってほしいと願っていましたが、今の様子を見ると……」


「っ……」


 その声が聞こえたのか、王太子殿下が屈辱に顔を赤らめる。

 お兄さまは一つため息をついて、王太子殿下を威圧するように一歩前に進み出た。


「申し訳ありません。聖女におかれては殿下とお話しされたくないご様子」


「ふ、ふざけるな! 私は王太子だぞ!」


「それがなにか? 一方的に自分の都合を押しつけることを『話をする』とはいいません。どんな身分や立場にあろうとも、『話をする』は、双方にその気持ちがあってはじめて成立することだと思いますが」


「っ……無礼な……! お前ごときがこの私に意見するなど……!」


 ごとき? お兄さまに、ごとき?


 その言葉にカチンときてしまい――私は思わず叫んだ。


「ど、どちらがですか? わたくしを第二夫人にしようなど!」


「――ッ!?」


 瞬間、大きなどよめきが起こる。


「第二夫人ですって!? 信じられない!」


「そもそも、我が国に側室制度などない! 妃はお一人と決められているのに!」


「それなのに第二夫人とか……まさか公妾のことではあるまいな?」


「聖女さまを公妾に!?」


「なんてことをっ!」


 驚愕はすぐさま怒りと失望へ変わり、王太子殿下へ向けられる視線は厳しくなってゆく。

 もちろん、それと比例して批判の声も大きくなってゆく。


 王太子殿下は青ざめ、オロオロと周りを見回した。


「わ、私は、ただ……アヴァリティアに罪を贖う機会を与えようと……。そ、そうだとも! 第二夫人は、その……もののたとえで……」


「罪? なんの罪です?」


「もしかして、学生のころの虐めの罪ですか?」


「しかし、それはすでにきちんと贖ったはずでは?」


 みなの視線が、怒りのあまりに言葉が出ないお兄さまへと集中する。

 お兄さまは王太子殿下を凝視したまま、大きく頷いた。


「ええ。一度、公爵家からは勘当しております」


 強く握り締めた拳が、ぶるぶると震えている。


「妹は平民と同じ立場になり、一年間、辺境の神殿にて下級神官として奉仕活動に従事。その後は、アシェンフォード領内には戻りましたが、先日まで平民として市井で暮らしておりました。何度、もういいじゃないかと、充分じゃないかと、戻っておいでと、父や私が言っても、彼女は首を縦に振ることはなく、己の過ちと向き合い続けたのに……!」


 ――あ、それはちょっと嘘だなぁ。帰らなかったのは、そういう理由じゃないんだけど。


 でも、もちろん水を差すようなことは言わない。


「このうえまだ償えと!? だったら、彼女がそれだけの罪を犯したという証拠を出しなさい!」


「証拠だと? アリスを虐めた話は、いくらでも……」


「ものごとを片側だけからしか見ていない偏った証言を、証拠とは言わない!」


 ぴしゃりと言って、お兄さまが王太子殿下にゆっくりと近づく。


「王太子たるもの、法ぐらい勉強しなさい! 彼女の罪を明確に示す物的証拠を持ってきなさい! 解釈の余地があるような曖昧なものではない、誰の目にも明らかなものを!」


「っ……それは……」


 お兄さまの迫力に気圧されたからか、それとも痛いところを突かれたからなのか、王太子殿下がグッと言葉を詰まらせる。


「ないんでしょう?」


「だ、だが、アヴァリティアがアリスをひどく虐めたのは事実……」


「証明もできないものを、『事実』とは言わないんですよ。王太子殿下」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る