第七章 最高に心ときめくメロンパン

7-1

「まぁああっ! アヴァリティアさまっ! お久しぶりでございますわぁっ!」


 お店に一歩入った瞬間、奥にいた――奇抜なショッキングピンクのドレスを着たの長身の女性が黄色い歓声を上げた。


「お久しぶりね、シャディローラン」


「本当ですわっ! 大丈夫ですの? アヴァリティアさまが公爵家を勘当されたと耳にしたときは、もう胸が潰れるかと……!」


 セリーヌ・シャディローラン。王都一――いえ、この国一と言っても過言ではないデザイナーだ。

 そして王都の一等地にあるこの店は、彼女のドレス専門ブティック。

 フィッティングだけでも、半年待ちの超人気店。でも、大人しく待てば、あるいは大金を積めば手に入るというわけでもない。彼女の審美眼に敵わなければ、注文を受けてすらもらえない。

 そんなふうに客を選んでいても、予約はいつもパンパンだ。それはやはり、彼女が作るドレスが素晴らしいから。彼女のドレスは、すべての貴族令嬢の憧れ。どうしても手に入れたいものなのだ。


 ちなみに、断罪前は、アヴァリティアのドレスはすべて彼女が作っていた。


「あら、勘当は形ばかりのものだって聞かなかった?」


 お兄さまもお父さまも、本当に身近な人――そして信用が置ける人には、心配をかけないように話しておいたって言ってたけれど。


「もちろん、伺っておりましたけれど……。それでも神殿での一年のご奉仕などは実際に行うとのことでしたので……。ああ、アヴァリティアさま。よくお顔を見せてくださいまし」


 シャディローランが手でそっと私の両頬を包む。


「相変わらずお美しい……。でも、少しお肌の手入れをサボられておりますわね。日焼けも少々」


 う。


「今日はしっかりパックをして寝ることにするわ」


「そうなさいませ。ああ、ですが……」


 シャディローランが、心底安心したという様子で目を優しく細める。


「なんともまぁ……お優しい表情になられましたわね」


「本当?」


 まぁ、断罪前は常にゲームのアヴァリティアでいることを心がけて発言・行動するだけじゃなく、人前では表情もかなり作り込んでいたからね、そう感じるかもしれない。


「だからなのでしょうか? つい先日、アヴァリティアさまが聖女になられたという噂が、王都を駆け巡ったのですが……」


「あ、それは本当なの」


「ああ、本当でいらっしゃったのですね……ええええっ!?」


 お店のシャンデリアが揺れるほどの大声に、スタッフがビクッと身を弾かせた。


「ア、アヴァリティアさまが聖女!? ほ、本当に本当なのでございますか!?」


「そうなの。びっくりよね」


「そ、それで王都に……。聖女覚醒を祝う式典や夜会が開かれると聞いておりますが……」


「そう、それに出席するためのドレスが必要なの。二年前のドレスを着ようとしたら、お兄さまに怒られてしまったのよ……」


 ため息をつくと、シャディローランが目を剥く。


「当たり前ですよ! 二年前のドレスは、二年前のトレンドに合わせて作られているのですよ? 式典や夜会の主役たる聖女が、時代遅れのドレスを着るだなんて!」


 ……お兄さまと同じこと言ってる。


 でも、そのドレスはもうこの後着ないのよ? 私は市井でパンを焼いて暮らすんだから。

 それで金貨何十枚って……絶対もったいないと思うんだけど。


「で、では、あの……後ろにおられるちょっと直視できないほどの美貌の方は……」


 シャディローランが顔を赤らめ、もじもじした様子で俯く。あ、私しか見なかったのはそういうことだったのね。たしかに、アレンさんの美貌って直視したら目が潰れそうよね。


「聖騎士・アレンです。わたくしの護衛についていただいています」


「アレンと申します」


 アレンさんが胸に手を当て、深々と頭を下げる。


「ご、ご丁寧に。では、パートナーはアレンさまが務められるのでしょうか?」

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