6-16

(本当に卑劣な女だわ)


 悪役令嬢のアヴァリティアが聖女として奥神殿にいたことは、クリスティアンから聞いた。

 話をしたいだけなのに、世界樹と聖騎士がそれを問答無用で阻んだとかで、ありえない、無礼だ、ないがしろにされたといたくご立腹だった。

 今さらなんの話をするつもりだったのかは少し気になったけれど、それよりも世界樹と聖騎士が悪役令嬢なんかを守ったことがすごく引っ掛かった。家族以外には見向きもされない嫌われ者が、まるでヒロインかなにかのように庇護されているなんて?

 それで、自分の目で現在のアヴァリティアを確認すべく、この奥神殿に忍び込んだのだけれど。


(あんな嘘をついて、人気取りをしていたなんて……)


 いい子ぶってはいるが、あのアヴァリティアがキッチンに立つなんてありえない。絶対に嘘だ。


(どうせ金に物を言わせて、凄腕の料理人を雇ったのよ。そういう女だもの)


 ギリリと親指の爪を深く噛む。


「あの称賛は、私のものだったのに……!」


 あの女はそれを横取りした。

 さすがは悪役令嬢。本当に卑劣だ。


(取り返さないと……!)


 と――そのとき、アリスを咎める声が響く。


「あなた、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」


 慌てて視線を巡らせると、渡り廊下の先に一目で位が高いとわかる神官が立っていた。

 思わず舌打ちする。


(何を言ってるのよ! 私は立派な関係者よ! いいえ、関係者どころの話じゃないわ! だって私こそが聖女なんだから!)


 だが、騒ぎを起こすのはマズい。

 だいたい、今それを主張したところで、誰も信じやしないだろう。

 アリスは再度舌打ちすると、すばやく身を翻した。


「あ! 待ちなさい!」


 制止も無視して、一般開放されている神殿まで駆け戻る。


「っ……! この私が逃げなくちゃいけないなんて……!」


 屈辱的だった。

 ヒロインは自分なのに。

 この世界は、自分のためのものなのに。


「アヴァリティア……!」


 ギリギリと奥歯を噛み締める。

 なんとしてでもアヴァリティアの嘘を暴いて、もう一度断罪し、破滅させないと!

 でも、もうすでにエピローグの段階。ゲームの設定やシナリオの知識はあまり役に立たない。

 どうすれば――。


「あの女が聖女であることを、なんたらとかいう大神官と聖騎士が確認したって言ってたけれど、そもそもそんなわけないのよ。あの女は悪役令嬢なのよ? 聖女の力なんてないんだから」


 だからこそ、あんな人気取りで誤魔化しているんだろう。

 実際に聖女の力を示して、民を納得させることができないから。


「本当に卑劣だわ。それに、周りも馬鹿よ。あんなものをありがたがって……」


 ふと、目を見開く。


「ハンバーガーにホットドッグ、フライドポテト……?」


 たしかに、自分にとっては『あんなもの』だ。珍しくもなんともない。ありふれたもの。

 でも、この世界では見ないものだ。


「…………」


 どんなに腕のいい料理人だったとしても、はたしてこの世界の人間に、パンに何かを挟むなんて発想ができるだろうか? この世界のパンはふやかさなければ食べられないほど硬いのに?

 さっきまでアヴァリティアが作っていたハンバーガーとホットドッグは、味はともかくとして、見た目は日本で当たり前に見ていたそれとまったく変わらなかった。

 あれを作るにはまず柔らかいパンを開発したうえで、バンズやコッペパンも思いついて、それになにかを挟むことをひらめいて、それに適した具材を見つけ出さなきゃいけない。


(そんなことできる……? 偶然がどれだけ重なって奇跡が起きても絶対無理よ)


 でも実際、アヴァリティアはそれを作っていた。


 じゃあ、残る答えは――。


 アリスはバッと勢いよく奥神殿の方向を振り返った。


(知っていたんだわ! ハンバーガーとホットドッグを!)


 じゃあ、あの女は転生者――!?


 アリスはポカンと口を開け、それからハッとして首を横に振った。


「まさか! あり得ない!」


 だって一度は、ゲームのとおり断罪されたのだから。

 そのときの台詞も、一言一句違わずゲームそのままだった。

 アヴァリティアが転生者なのだとしたら、わざわざ断罪シーンを完璧に演じたことになる。


(破滅するのがわかっていて、いっさいの回避行動をしないなんてことがあるの……?)


 わからない。

 わからないことだらけだ。


 アリスはギリリと奥歯を噛み締めた。



「いったいどうなっているのよ……」




   

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