6-15

「警備面にかんしましては、世界樹さまや大神官さまのご助言、ご忠告をよく聞き、万全の体制を敷くことですでに合意しております」


 嫌だけどね。常に警護がつくとか、絶対に面倒臭いけどね。

 でも、そこは受け入れなきゃいけないところだと思うから。


「聖女となっても、わたくしはなにも変わりません。みなさまの美味しいものを食べたときの幸せそうな笑顔がなによりの喜びです。だから、これからもそれを見続けたいのです」


「……聖女さま……」


「あ、ですから一つ訂正を。みなさまが『不思議パン』と呼んでくださったこちらですが、現在はアシェンフォード公爵領にあるわたくしのパン屋でのみ購入が可能ですが、お値段は普通のパンとさほど変わりません。ですから客層も、現在は平民のみなさまが九割以上となっています」


「「「「「ええっ!?」」」」」


 おっと。今日一のどよめきが更新されました。


「だ、だって……こんな美味しい……」


「そ、そうだよ……。絶対に貴族の食べ物だって思ったのに……」


「ありがとうございます、そう言っていただけて嬉しいです。でも、先ほどもお伝えしたとおり、材料費はいつものパンとあまり変わらないんです。だから、お値段もさほど変わりません」


「まさか……嘘だろ……?」


「信じられねぇ……」


「繰り返しますが、わたくしにとって、みなさまの美味しいものを食べたときの幸せそうな笑顔がなによりの喜びです。ですから、このパンもいずれは聖都でも――この国のどこでも買えるようにしたいと思っています。より多くの笑顔を見るために。そのときは買いに来てくださいますか?」


 作業員のみなさまが大きく頷き、我先にと手を上げてアピールしてくれる。


「もちろんですとも!」


「絶対に買いに行きます!」


「むしろ毎日通いますよ!」


「俺もです! 子供にも食わせてやりたいので!」


 その光景に、私だけではなくにゃんこたちも満足げ。


「まぁ、そうだよね」


「これを毎日食べない選択はありえないわ」


 イフリートが私を見上げて、にかーっと笑う。


「みんな嬉しそうだな! やっぱりティアは……ティアのパンはすごいんだぞ!」


「ティアも嬉しそうだ……、だ、だから、ボクも嬉しいよ……」


 ありがとう。その言葉が、また嬉しい。

 にゃんこたちの頭を順番に撫でていると、みなさまがひどく感動した様子で顔を見合わせる。


「なんて素晴らしい方なんだ……」


「ああ、感動した……」


「聖女さまとお話しできたってだけで、子々孫々語り継げる栄誉なのに……」


「わかるぞ。聖女さまのパンを食えるだなんて思わなかったよな……」


「しかもハンバーガーもホットドッグも……聖女さま自ら調理してくださったんだ!」


「「「「「生きててよかった……!」」」」」


 作業員のみなさんが大合唱する。なんと、泣き出す人まで。それが一人や二人じゃないときた。


 えっ? そ、そんなに?


「よ、よろこんでもらえてよかったです。午後からの作業も頑張ってくださいね」


「はい! もちろんです! 頑張ります!」


「聖女さまのおかげで、力がみなぎっています!」


 みなさまが勢いよく頷きながら、力こぶなどを見せてくれる。

 お、おお……。よろこんでくれたのは嬉しいんだけど、なんか妙にテンション高くない? 逆に心配になっちゃうんだけど。


「よかったです。でも、無理はしないでくださいね。身体が第一ですから」


 そして、ちゃんと落ち着いてから作業してくださいね、仕事は慎重に、そして精密に。


「はい、本当にお優しいですね。ありがとうございます」 


 みなさま一人ずつお礼を言ってくれて、そのまま作業場へと戻っていく。


「さぁ、頑張ろうぜ。聖女さまのために」


「ああ、我らが聖女さまのために」


 その後姿を見送って、私は調理を手伝ってくれた神官さんたちに視線を向けた。


「じゃあ、みなさまの分も作りましょうか」


 当然、私の分も。


「私たちもご相伴に預かれるなんて……」


「みなさま、ものすごく美味しそうに食べてらしたので楽しみです」


 神官さんたちがわくわくした表情で、すでに慣れた作業をはじめる。


「アレンさんも、ぜひ食べてくださいね。美味しいですよ」


 アレンさんを見上げて微笑むと、アレンさんもまた優しく穏やかに目を細めた。


「ええ、もちろんです」





          ◇*◇





「なるほど……。ああやって人気取りをしていたのね」


 アリス・ルミエスは渡り廊下の柱の陰に身を隠して、親指の爪を噛んだ。

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