6-8
不思議に思って尋ねると、ヴェルディンさまが丁寧に説明してくださる。
「ああ、神殿の補修作業を行ってくださっている方々です。ですから、彼らは関係者として神殿の許可を得ております」
あ、なるほど。作業員……。
「じゃあ、彼らが手にしているのは昼食ですか?」
「はい、神殿のほうで用意しております」
「メニューを窺っても?」
さすがに世界樹であらせられるヴェルディンさまはそこまでご存じないのか、「ええと……」と言いよどむ。すると、代わりにアレンさんが答えてくれる。
「大体、肉団子のスープにふかしたじゃがいも、パンじゃないかと。聖騎士見習いが清掃や作業に当たることも多いのですが、そのときと変わらないメニューだと思います」
「なるほど……」
お肉を食べられるなら、民の昼食としては豪華なほうだろう。でも……。
私は眉をひそめて、彼らの持つパンを見た。
例の、カッチカチで薄くスライスしてもスープなどに浸さなくては食べられない罰ゲームパン。
スープに浸してふやかして食べている人もいれば、ふかしたじゃがいもとスープだけかき込んで、パンはポケットに入れて作業に戻る人もいる。
気持ちはわかる。あのパンって、スープに浸しても柔らかくなるまでに少し時間がかかるのよね。そのぐらい硬い。当然、作業の合間に手早く食べるには致命的に向いてない。だから、持ち帰って夜にゆっくり食べようって考えるのは自然なことだと思う。
でも、パンを食べないと量的にはきっと物足りないはず。
二十一世紀では当たり前の重機などがないこの世界で、神殿の補修作業なんてキツい肉体労働をじゃがいもとスープだけでこなすのは大変過ぎない? 力出ないでしょう?
「おーい! 早くしろ!」
そんなことを考えている間にも、人々が呼ばれて続々と作業に戻ってゆく。その大半が、パンを食べていない。持って帰る人もいれば、食べようと思ってスープに浸したけれど、タイムアップで食べられなくて残すしかなかった人もいる。
悲しそうにため息をつくその姿に、ブラックどころか漆黒レベルの会社で社畜をやってたころを思い出して、なんだか胸が苦しくなってしまう。
食は基本。元気に働くにも、いい仕事をするにも、絶対に必要なもの。食べられなくなったら、身体を壊しやすくなるうえ、精神も病みやすくなる。仕事の質はもちろん格段に落ちるし、事故も起きやすくなる。このままでは駄目だわ。早急な改善が必要よ。
事故が起きてからじゃ遅い。
「ティア?」
考え込む私を、お兄さまにアレンさん、イフリートたちが不思議そうに見る。
もっと手軽に、手早く。だけど美味しく、満腹感も満足感もあって、力になるもの……。
私はハッとして、人々が持つ木のトレーを見た。
そう! ファストフードのような!
それこそ、肉団子スープとふかしたじゃがいもと罰ゲームパンなんだもの。同じ材料で、挽肉はハンバーグに。パンはバンズにしてハンバーガー。そして、じゃがいもはフライドポテトにしたらいいじゃない! 油が高価で使えないと言うなら、そこはマッシュポテトでいい!
よしっ! 思い立ったが吉日! 善は急げよ!
しかも、私のパンを広められるとなったら一石二鳥よ! このチャンスは絶対に逃せないわ!
「あの! ヴェルディンさま!」
私は勢いよくヴェルディンさまに向き直った。
「明日、作業員のみなさまの昼食を私に作らせてください!」
その『お願い』に、ヴェルディンさまはパチパチと目を瞬いた。
「はい……?」
◇*◇
世界樹・ヴェルディンさまの権限でポータルを使用させていただき、アシェンフォード公爵領の神殿へ。そこから馬車を最大限急がせて家へ戻った私は、急いで着替えてキッチンに駆け込んだ。
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