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 今はまだ、触れれば、食べれば、鮮やかな驚きとともに今までのパンとはあきらかに違うことがわかるけれど、見た目には馴染みがあって、受け入れやすいものにしている。あまりに見た目から奇抜で見たことがないものとなると、まず試食に抵抗を感じてしまう恐れがあると思ったから。

 でも、この感じなら、もう少し目新しいものにしても大丈夫そうじゃない?


「なにもすごくなんかないよ。当然じゃない?」


 リリアがきょとんとして私を見る。


「え? でも……」


「だって、こんなに美味しいんだよ? それを無料でくれるって言うんだよ? それをもらわない理由がないでしょ。むしろ、一時間で配り切れなかったのが不思議なぐらいよ」


「そ、そう?」


「うん、アニーやマックスも同じ考えだと思うよ。それよりもお嬢さま! 次は倍の量作ろうよ!絶対に噂になって、今日以上に人が来るから! あ、一人で運ぶのが大変なら、私たちお嬢さまの家まで行くよ! なんなら、袋詰めとかも手伝う!」


 は、発言がイケメンっ……!


「ありがとうっ! 次はちょっと違うパンにしようと思ってるから、お願いするかも!」


「へぇ、素敵! すごく楽しみ! じゃあ、『かも』じゃなくて絶対呼んでよ。お嬢さま一人じゃ準備たいへんでしょ?」


 くっ……! 発言がイケメンすぎて、リリアのお嫁さんになりたいっ……!


 やっぱり、次は少しだけ見た目からもの珍しさを感じるパンにしてみよう。

 少しだけ「食べても大丈夫かな?」って怯んだとしても、決して口をつけずに終わることがないぐらいの見た目で、一口食べたら虜になってしまうぐらいインパクトのある美味しさのもの。


 つまりいつものものより美味しいじゃなくて、比較対象がない――この世界の人たちがはじめて経験する新しい美味しさ。


 そんなパンがいい。


「お店の定番商品となりそうなもので言うと……」


 クリームパンはどうだろう? 見た目はきっと受け入れやすいよね。甘いカスタードクリームは子供たちのウケはよさそう。


 メロンパンは、ちょっと見た目が奇抜すぎるかな? 持った感じ少し硬いから、罰ゲームパンとさほど変わりがないと思われる危険があるよね。あ、でも試食用はカットしたものにすればいいか。クッキー生地の下の白くてふかふかのパン部分が見えていれば、イケるかも?


 実際にお店にお金を落としてくれるのは大人だから、子供受けばかり狙うのもよくないかな? 甘くない総菜パンも候補に入れたほうがいいかもしれない。

 パン配りは二回とも、お昼過ぎに広場でやったから、次は場所や時間帯を変えて大人をメインに配るのもありかもね。そうなると、大人ウケする味の総菜パンでもいいよね。 


 配りやすいものでとなると、ハムロールやチーズロール? ガーリックバケットもいいかも? あ! 焼きカレーパンって手もある!


「甘いのと辛いの、どっちがいいかなぁ?」


「カライ?」


 私の独り言に、きょとんとした表情でリリアが首を傾げる。


「カライってなぁに?」


「えっ!?」


 し、知らない?


「甘い、苦い、酸っぱいはわかるよね? 辛いも同じで味の一つなんだけど……わからない?」


「わかんない……。それ、どんな味なの?」


「ええと……」


 具体的な料理名を挙げて説明しようとして――私は息を呑んだ。


 あっ! そ、そっか! ヨーロッパって、あまり辛い料理がなかった気がする!

 最初に思い当たったのは、アラビアータとかアーリオ・オーリオみたいなピリ辛系パスタだけど、たしかそれは二十世紀に入ってからのメニューで、昔は甘いパスタが主流だったのよね?


 そのほかに、ヨーロッパの辛い料理って何かあったっけ?


 イギリスではカレーがよく食べられているけれど、カレーがインドからイギリスに伝わったのは十八世紀のこと。でもスパイスの扱いは慣れていないと難しくて、人気が出て食卓に定着したのは、十九世紀にカレー粉が開発されてから。そして、それが日本に伝わってカレーライスになったって聞いたことがある。

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