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「その、この二年で出没する魔物の数はかなり減っているかと思うんですが……アレンさんはなぜ行き倒れるほどボロボロになってしまったんですか?」


「はい?」


 アレンさんがポカンと口を開ける。

 そのまましばらく私を見つめたあと、意味がわからないとばかりに眉間にしわを寄せた。


「この二年で、魔物の数が減ってるって……それはどこの情報ですか?」


「え……?」


 まさかの返答に、今度は私が眉を寄せる番。え? なに言ってるの?


「だって、六大精霊の加護を得た聖女が現れたでしょう?」


 水・風・火・大地、そして光と闇――六大精霊の加護をヒロインが得たはず。


 基本的にどのルートでも、そうしてヒロインは聖女として覚醒する。

 今回の王太子ルートでは、クリスティアン王太子殿下の卒業直前にヒロインが六大精霊のうちの一精霊に気に入られるの。それが殿下がアヴァリティアとの婚約破棄を決断する大きなきっかけの一つとなる。

 殿下が卒業して――エピローグで語られるのは、ヒロインが最終学年に進級してしばらくして、その一精霊から六大精霊全員と交流を持つことに成功し、聖女として覚醒。

 そして、卒業と同時に殿下と婚約。

 聖女として、次期王妃として、民から愛され――末永く国を守っていったというハッピーエンド。


 だから、殿下の卒業から二年、ヒロインの卒業から一年経った今、ヒロインはすでに聖女として覚醒しているはずだし、クリスティアン王太子殿下とも婚約しているはずなのよ。


 それなのに、アレンさんはなにを言っているんだとばかりに眉を寄せる。


「なんの話ですか?」


 あ、あれぇっ!?


「あ、新しく王太子殿下の婚約者となられたアリス・ルミエス嬢のことですよ。彼女は精霊たちと心通わせられたはずですが……」


「アリス・ルミエス?」


 アレンさんがうーんと唸りながら、記憶を探る。え? そんなに苦労しないと出てこないの? 自国の王太子殿下の婚約者だよ? しかも、平民からだから、かなり話題にもなったはず。


 けれど、アレンさんはたっぷり三分以上沈黙して――ようやく「ああ」と呟いた。


「もしかして、王太子殿下が執心してらっしゃるっていう……」


「そ、そうです! 殿下と婚約されたでしょう?」


「いいえ、そんな話は聞いていませんが」


「ええっ!?」


 私は思わず立ち上がった。


「まさか! そんなわけありません!」


「そう言われましても……。アリス・ルミエス嬢が精霊と心を通わせられるなんて話は、はじめて聞きました。失礼ですが、その情報はどなたから……」


「…………」


 私は一つ息をつくと、「申し遅れました」と恭しく一礼した。


「わたくしは、アヴァリティア・ラスティア・アシェンフォードと申します」


「……!」


 頭の先から靴の先まで気を遣った、公爵令嬢としての上品かつ美しい振る舞いに、アレンさんが息を呑む。


「あなたが……アシェンフォード公爵令嬢……?」


「元、ですけれど」


 私は頷いて、胸に手を当てた。


「情報は、婚約破棄直前に、わたくし自身がアリス・ルミエスと王太子殿下から伺いました」


 嘘ではない。シナリオどおり、私はヒロインが精霊と話してる現場を見たし、王太子殿下からも、ヒロインは精霊にも愛される美しき心の持ち主だと称賛の言葉を聞いている。


「…………」


 身分や立場がものを言う世の中は、私自身はあまり好きではないけれど――でも実際、町外れの森の中に住む民が口にするどこから聞いたかもわからない噂話と、王太子殿下の婚約者だった公爵令嬢が殿下自身から直接伺った言葉とではやはり信用度も説得力も違う。


 アレンさんは「急ぎ、確認します」と言って、真剣な眼差しで私を見つめた。

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