1-6
咄嗟にカバンの中に手を入れて、護身用の魔法銃を握る。だけど、その塊はピクリとも動かない。
私はもう片方の手でランプを高く掲げて、目を凝らした。
「えっ!?」
ランプの光に反射した、なにか白いもの――あれは甲冑に見えるんだけど気のせいだろうか? ずいぶん汚れているけれど、純白に金の装飾がされてるように見える。聖騎士の甲冑じゃない? 塊の横に転がっているのは兜に見える。その横には大きな盾も。
っていうか、人だ! 人だよね!?
「う、嘘! やだ! 大丈夫ですか!?」
私は慌ててその塊に駆け寄った。
近くで見ると、汚れて傷だらけだけど、やっぱり純白に金の装飾――聖騎士の甲冑だ。
被っているマントももとは純白だったはずだけれど、煤と泥と赤黒いなにか、青紫色のなにか、緑色のなにかで無残なほど汚れている。
でも、間違いない。人だ。聖騎士さまだ。木に背中を預けるようにして倒れている。
「聞こえますか!? しっかりしてください!」
ひどい有様に見える。はたして生きているのだろうか?
傍らに膝をついて、私はその人の頬に触れた。
「っ……!」
瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
なんて美しい人なんだろう……!
ひどく汚れているうえに、固く目を閉じているのにもかかわらず、それでも圧倒的に、絶対的に、そして奇跡的に美しい。
サラサラのクセのないシルバーブロンド。同じ色の長い睫毛が、白くなめらかな肌に繊細な影を落としている。引き締まった精悍な頬に、まっすぐ通った鼻筋。薄くて形のよい唇。
座っていてもわかる長身、甲冑とマントの隙間から見える部分だけで、細身ながら鍛え抜かれているのがわかる無駄のない体躯。
このまま美術館に飾っておきたいほど美しい――!
「あ、あの! 大丈夫ですか!?」
頬は温かい。口もとに手をやれば、か細くとも吐く息がちゃんと掌を熱くする。――生きている。
どこか怪我でもしていたらと思ったけれど、思い切ってその身体を揺する。
「聖騎士さま! しっかりしてください!」
「う……」
男性が眉間にしわを寄せて、小さく呻く。ああ、そんな表情ですら息を呑むほど美しい。
「聖騎士さま!」
あなたみたいなとんでもなく綺麗な人が、お外でうっかり意識失ったりしちゃ駄目ですって! 別の事件が起きちゃうから!
必死に呼びかけると、男の人がうっすらと目を開ける。私はギョッとして身を弾かせた。
黄金(きん)――!?
待って? 黄金(きん)色の瞳!? でも黄金色って、この世界では主神――つまり太陽神ソアルの色で、太陽神の血を受け継ぐ王族のみがその身に持つとされていたはずだけど!? な、なんでこの人が!?
ま、まさか王族の方とか!? いや、それはないはず。存命中の王族の方々はみなさま金髪金眼で、シルバーの髪の人はいらっしゃらなかったもの。
ってか、そもそも王族の方がこんなところで泥と謎の液体まみれになって倒れているはずがない。ありえないありえない。
きっと、ランプの光の加減で黄金に見えているだけだ。実際は、榛(はしばみ)色とか琥珀色なんだろう。そうに違いない。
「…………」
そう無理やり自分を納得させていると、その目がようやく焦点を結ぶ。
「……あ……」
「大丈夫ですか!? わかりますか!?」
「……! ……え……?」
男の人はぼんやりと私を見つめると、のろのろと手をあげて目もとを覆った。
「あ……。わ、たし……は……」
ひどくかすれた、小さな声。上手く聞き取れない。私は男の人に顔を近づけた。
「大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
男の人がかすかに首を横に振る。
「痛い……ところも、怪我も……ない……。すべて……魔、物と……仲間の……」
えっ!? このいろいろな色の謎の液体、魔物の血なの!?
で、でも、このあたりに魔物なんていないけど? 魔物が出没するのはもっと辺境の地のはず。
それに、精霊と心を通わせたヒロインがいるから、精霊の加護によって魔物なんてもうほとんど見かけなくなってるはずでしょう?
思わず首を捻ったけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。そんな疑問なんかより先に解決すべきことがごまんとあるわ。
「こ、こ……は……?」
「アシェンフォード公爵領ですよ。ベイリンガルの町はずれの森です」
「アシェン……ド? ベイリン……ガル……。ずいぶんと……座標が、ズレたな……」
座標? あ、なるほど。そういうことか。魔物を討伐した場所から、魔法で移動してきたんだ。この人。それで、思わぬ場所に出ちゃったと。
えっ!? ってことは、体力と魔力が底をついてしまって行き倒れてしまってたってこと!?
それなら――!
私は勢いよく立ち上がった。
「待っててください! 私の家、すぐそこなんです! 魔法薬(ポーシヨン)を持ってきます!」
「……え……?」
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