1-3

「みんな驚いてくれるかな?」


 そりゃ、驚きはするよね。罰ゲームパンとはまったく違うもの。

 問題は、受け入れてもらえるかどうか。どれだけ美味しくても、人ってあまりに異質なもの――自分の理解の範疇外にあるものには拒否反応を示しがちだから。


「どうか、食べてもらえますように」


 いつの間にか、窓の向こうはすっかり明るくなっている。

 私は祈るような気持ちで、抜けるように高く青い空を見上げた。





          ◇*◇





「あ! お嬢さまだ!」


 食堂に入った瞬間、子供たちがわっと歓声を上げる。


 神殿に併設された孤児院。大きな神殿ではないから孤児院自体もそんなに大きくないんだけど、それでも今いるのは、三歳から十四歳までの総勢十五名。

 最初の一年間、下級神官として奉仕活動に従事した辺境の神殿とはまた別の場所ではあるけれど、実は私はいまだに週一回、近くの神殿のお手伝いをしている。


 結構慕ってもらってる――と自分では思ってる。


「みんな元気だった? 今日はいいものを持ってきたよ~!」


「え? いいもの?」


「なになに?」


 私を見る目が、一気に期待に満ち満ちてキラキラ輝き出す。

 私はにんまりと笑って、腕に抱えている籠を掲げて高らかに宣言した。


「パンよ!」


 瞬間、子供たちがひどくがっかりした様子でため息をつく。


「え~っ? パン~?」


「パンのどこがいいものなんだよぉ~。お嬢さまぁ~」


「あたし、パンきらぁ~い」


「わたしも。だって、おいしくないんだも~ん」


 ん。ん。想定どおりのリアクション。

 いいねぇ、いいねぇ。ここからその反応をひっくり返してみせましょう!


「今日のは、特別なパンなの。よ~く見てみて」


 子供たちの傍に行き、パン籠の布を取る。

 中には、薄くスライスしたバゲットと、山盛りのつやつやしたバターロールが。


「えっ!?」


 それを見て、子供たちがいっせいに目を丸くする。


「どう? こんなパン、見たことある?」


 子供たちがびっくり眼のまま首を横に振る。


「う、ううん。はじめて……」


「うん、いつものとちがう……。ねぇ、コレ、なぁに?」


 みんな興味津々といった様子。よしよしよし!

 私は神官たちが長テーブルにスープを並べ終えたのを確認して、みんなを席に誘導。

 薄く切ったバゲットとバターロールをみんなのパン皿に乗せて、まずみんなで食前のお祈り。


「みんな、できれば一口目はスープにつけないで食べてみてくれる?」


 それから、パンパンと手を叩いてみんなの注目を集めて――味見をお願いする。

 この世界のパンは何度も言うようにものすごく硬いから、スープやシチューにつけて食べるのが一般的。なにも言わずにほうっておいたら、みんなまずドボンってやっちゃうはずだから。まぁ、それでもいつものパンとの違いはわかるだろうけど、やっぱりパン本来の味をしっかりと味わってほしいじゃない?


「は? スープにつけないで?」


 子供たちのリーダー的存在である赤髪の男の子――マックスが、そんなことしたら歯が折れるんじゃないかと一瞬心配そうな顔をしたものの、バターロールを手に取って大きく目を見開いた。


「お、おい! コレ……! この、丸いの! 触ってみろよ! ふかふかだぞ!」


「ええっ!? パンがふかふかって! そんなことあるの!?」


「ホントだ~! 柔らかぁ~い! これ、本当にパン?」


「正真正銘のパンよ。お嬢さま特製のパン。さ、めしあがれ」


 その言葉を聞くや否や、子供たちが我先にとバターロールにかぶりつく。


「ッ!」


「う、うっめぇ!」


「なにこれ? おいし~い!」


 子供たちが一様に目を丸くし、歓声を上げる。


「こんなのはじめて!」


「ふっかふかでやわらかいの!」


「白くて、綺麗で、甘くて…おいしい!」


「ねぇ、もっとないの? もっとほしい!」


 大興奮の子供たち。ふふふ、いいねぇいいねぇ! いいリアクションっ!


 そのあまりの反応に、お手伝いの神官たちも目を丸くして顔を見合わせる。


「おい、薄いほうも食べてみろよ。こっちもうまいぞ!」


「ホントだ~! 外側はカリカリしてて、でも内側はいつもより柔らかいの!」


 私は、傍らでバゲットを見て呆然としている一番年長の女の子の顔を覗き込んだ。


「どう?」


「す、すごくおいしいよ! 柔らかいけど、こっちのふかふかの丸いのとは違って……ええと……弾力ある感じって言うのかな……」

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