愛の強さ
星の国のマジシャン
第1話
頭がくらくらする。俺は酒に強くない。体内でアルコールを分解できず、今、顔は真っ赤になっていることだろう。なんだかぼんやりして、意識もはっきりしない。それでもただひとつ、俺にははっきりと見えているものがある。目の前の女性だ。向かいの席にずらっと並んだ女性たちの中で、周りが風景と化してしまうほど、一際輝かしいオーラを放っている。この女性のおかげで、俺は無理して酒を飲んだことを後悔せずにすむ。むしろ、合コンに誘われた時、酒に弱いことを理由に断らなくて良かったと、強く思った。こんな美しい人は、今まで見たことがない。酔っていない時にじっくり見たかったが、それだと照れてしまってとても直視できないだろう。この女性を見つめるのは、酔っている時でないと無理だ。
目の前の神々しい光を意地でも目に焼き付けておこうと、俺はずっと彼女のことを見つめていた。やがて、俺の視線に気づいた彼女は、優しく微笑んだ。女神のようだった。俺たち二人は見つめあった。俺の酔いが醒めても、夢中で見つめあった。暑い。今年の夏は、夜でも容赦なく暑い。クーラーをつけてもまったく効いている気がしない。今までに経験したことのない夏だ。地球温暖化とは、なんとも恐ろしいものである。それに、今では彼女からの熱い視線も相まって、余計に暑く感じる。この美女と、是非とも話をしてみたい。そんなことを考えながら、お互い笑顔で見つめあっていると、とても幸福な気持ちになれる。幸せな、ひと時だった。
「おそろしいこともあるもんだね」
スマホのネットニュースの記事を見せると、彼女は背筋を丸めた。無理もない。今年の日本は、どこかおかしい。十月半ばまで暑かったかと思えば、十一月に入っていきなり冷え込んだ。あまりにも短かった秋が、恋しくなってくる。いや、今年の日本には秋なんて季節が本当にあったのかどうかも微妙だ。こんなことで、この国は本当に四季折々だといえるのかどうか、疑問に思ってしまう。俺の部屋にはヒーターもないので、冬は流石に厳しい。
「うわ、怖あ。でもこれ、九州の話じゃん。さすがに東京までは来ないっしょ」
自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、那奈は俺のスマホに片手を添え、今度はじっくりと画面をのぞき込む。彼女が背筋を丸めたのは、どうやら寒さのせいではないらしいと、この時わかった。
田川庄次郎死刑囚、刑務所へ護送中に看守に暴行を加え、脱走。記事をぼそぼそと読み上げる那奈の表情は、どことなくひきつっていた。
「でもさ、どうせまた捕まるのに、よくやるよね。てか見ろよ、この死刑囚の顔。怖すぎるよ。人相が悪いというかさ。いかにもな顔してるよね。あれ、那奈、聞いてる?」
「ああ、ごめん雅人。そんな怖いニュースよりさ、今はクリスマスのことでも考えようよ。ね?」
「クリスマスぅ? まだ一か月先じゃん」
「あっという間だよ。一か月なんて」
「はいはい、クリスマスね」
強引に話題を逸らそうとする。仕方なく俺も話を合わせることにした。彼女はこういうニュースに敏感に反応するタイプなのだろうか。そういうもんかな、と聞くと、そういうもんだよ、と笑って返された。俺たちは今年のクリスマスの予定に話題を変更した。まだまだ先の話ではあるが、案外楽しい。那奈と話すことならなんでも、とにかく楽しいのだ。俺の家に那奈が遊びに来ると、必要最低限の家具しかない、いつもの殺風景なアパートの一室に花が咲いたように、部屋の雰囲気がぱあっと明るくなる。那奈には、華がある。俺は那奈と、時間を忘れて何時間でも喋ることができる。
那奈とは先日の、大人数での合コンで知り合った。俺はあまり合コンに参加するタイプではないが、以前付き合っていた彼女と喧嘩別れをしてしまい、立ち直れないほどメンタルが弱っていた時期に友達に誘われ、気は乗らないが腹をくくって参加してみた。そこで、那奈と出会ったのだった。おとなしいタイプの那奈だったが、女子大で出会いがなく、なんとなく合コンというものに参加したそうだ。そこでたまたま向かいの席に座っていた俺と趣味の映画の話などをきっかけに意気投合し、出会ってからわずか一か月で交際へと発展した。正直にいって、那奈は話も面白いが、見た目も美しく魅力的だった。にっこりと笑った時に見せる歯並びの良い綺麗な白い歯。大きな瞳。俺は初対面の時点で既に彼女の虜になっていた。一目惚れというものかもしれない。合コンから数日経っても、頭の中にはぼんやりと那奈の笑顔が存在し続けていた。それでも恋愛経験の浅い俺はラインを交換したのはいいが、しばらくの間何もメッセージを送れずにいた。するとなんと、那奈の方からデートに誘ってくれたのだった。初めてのデートは映画館だった。緊張していたので映画の内容はあまり覚えていないが、那奈と一緒にいるという、それだけで幸せな気持ちになれた。その後も何度か那奈の方からデートに誘ってくれ、俺たちは色んな所に遊びに行った。その結果、人見知りの俺でも気軽に連絡が取れるようになり、俺の方から食事や遊びに誘う機会が多くなった。そしてある時、思い切って交際を申し込むと、那奈は喜んで承諾してくれた。
付き合ってまだ二か月しかたっていないが、俺は那奈のことが大好きだ。ただ、那奈のことをまだまだ知りたい気持ちもある。だから、那奈とは頻繁に会うし、毎日のように電話で話している。一日のうち、三分の二以上は那奈のことを考えている、かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます