3/11当日

「コンビニ行ってくるから」

「おう」

 私は祖父に声をかけ、自転車にまたがり近くのコンビニへと向かった。私はその時、中学2年だった。先輩の卒業式が終わり、午後からは休みだ。

 コンビニと自宅のちょうど真ん中の距離まで来た頃、ふと空を見ると違和感を覚えた。

(電線が揺れてるな~)

 風で揺れているのか、と思ったけどその時は風なんて吹いていない。

 地震だろうと思い、一度停車してその場に自転車を倒してしゃがんだ。

「強いな……」

 すぐに止まるだろうと思った地震は、やむ気配がなかった。

 それどころか、段々と強くなっていく。

 何とか立ち上がろうとしたが、すこし先にある会社のおじさんが外に出てきて。

「そこに座ってろ!!!」

 と叫ばれ

「はい!!!」

 返事をして座った。

 その時、ものすごい揺れが来た。

 今まで経験したことのない揺れの強さと長さだった。

 目の前にあるアパートは、皿に落とされたプリンのようだった。建物が上下左右と、不規則に揺れていた。

 座っているのに振り落とされそうだった。なんとか地面にへばりつくが、あざ笑うかのように飛ばされかけた。洗濯機でかき回される洗濯物が脳裏に浮かんだ。

 アパートの反対側、そこにはプロパンガスがあった。壊れたら、どうしようと揺れの中でぼんやりと考えていた。

 死ぬかもしれない。当時、学生だった私は本気で思った。

 体感で10分くらい揺れていたと思う。実際のところ、揺れていたのは約3分ほどだ。まだ終わらないのか。まだ、揺れているのか。学校はどうなるんだろう。そんなことばかり考えていた。




 何とか揺れが収まった。私は背後から聞こえるおじさんたちの「あ~、すげぇ地震だったわ」「うわ~、事務所内やば」の声を聴きながら、自宅へと帰った。

 祖父は、大丈夫だろうか。いや、多分大丈夫だろう。毎日、お風呂掃除をして洗濯物を干して掃除をしていた人だ。足腰は同じ年齢の人よりかはあるはず。

 自宅に着くと、祖父が待っていた。

 大丈夫そうだ。祖父は地震が起こった際に、テレビあたりにいたらしい。

 ぞろぞろと近所の人たちが、私の家の前にある空き地に集まってきた。口々に「大丈夫か」「なんだ今のは」と話していた。

 気になった私は、2階にある自分の部屋を覗いてみた。

 自分よりも背の高いタンスが、部屋の中心めがけて倒れ込んでいた。もし、部屋にいて机の下に隠れていたら私はこの部屋から出ることが出来なかった。

 数分後、ヘリコプターが普段よりも低く飛んでいた。

『津波が来ます!急いで高いところに避難して下さい』

 津波。私は沿岸なので、よく注意報が出される。

 ヘリが注意を呼び掛けるほどの津波注意報は、初めてだった。

 そのあと、祖父と私のほかに祖母と叔父が合流した。母は、別の場所で働いていたためすぐには帰れなかった。

 全員で、小学校に避難した。

 途中、私は一人で進み小学校に着いた頃家族と離れてしまった。幸い、同級生から「ばあちゃんが、おまえを探しているぞ」と話しかけられたため合流できた。しこたま、怒られた。


 夜、一度中学校にも行ってみようと考え叔父とともに中学校へと向かった。特に何もなく、自宅へと帰ってきた。

 道中、空を見上げた。あれほど、星がきれいだった夜はない。

 過去、プラネタリウムで「街の明かりを消すと、こんなに星が見られるんですよ」と説明を受けたことがある。

 いつか見たいと思いながら、「街の明かりが全部消えるなんて、ないよな」と考えていたことを思い出す。

 複雑だった。綺麗な星空だった。それでも、下に目を向ければたくさんの人間が死んでいる。

 ぽつり、と綺麗とこぼした。隣にいた叔父は「そうだな」と一言呟いた。


 家に帰ると、祖父が酒を飲んでいた。気が小さい人だったから、そうでもしないとやってられなかった。叔父もビールの缶を開けた。

 そして、酒盛りを始めた。

「不謹慎な」と思うかもしれない。北海道の地震の際にも、ジンギスカンをしていた人たちがいた。「あれだけの地震があったのに、酒なんか飲んでいられるか!」

 大人になったらわかる。

 飲まなきゃ、やっていられないのだ。あれだけの地震で、これからどうなるかもわからない。次の日には、片付けや食料の買い出しなど様々なことをしなくてはならない。

 だから、飲むしかないのだ。一時でもいいから安寧を求めるため。地震を何とか生き残ったお祝いに。明日の自分へ活を入れるために。




 そんな祖父は、今年の1月に亡くなった。脳をやってしまい、熱中症になり去年の秋あたりから寝たきりになっていた。

 亡くなる前日に、福祉サービスの風呂を利用し綺麗にしてもらった。叔父が「また明日な」と声をかけた。それが最期だった。

 次の日の朝、叔父が声をかけると呼吸が止まっていた。それほど苦しまずに逝ったんじゃないか、医者が言っていた。

 祖父の事は、いずれ話をしたい。

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